2015年 3月7日『サワコの朝』ゲスト:坂東玉三郎

 きょうの玉三郎さんの言葉は、非常に印象深いものでした。

 ユーモアを交えて楽しくお話されているんですが、その来し方、女形芸、後輩に対する思い、今の歌舞伎界に対する思い…などなどが、強く浮かび上がってくるようで。30分もない番組でしたが、凝縮されていました。
 収録のすべてではないのですが、心に残った言葉を起こしてみました。一部、言葉を補ったり、順序を変えて意味が通りやすくしている部分があることを、おことわりしておきます。また「おんながた」は「女形女方」両方の表記がありますが、私は前者をとっております。

白央篤司

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

玉三郎 年になると、声って落ちてきちゃんですね。
50歳ぐらいのときに、一番、楽に出る声が出なくなるんです。
筋肉がね、副鼻腔というか、声帯を支えている器官のうしろが衰えてきてしまう。それをトレーニングで上げるようにしないといけない。厳密にいえば、副鼻腔の中に在る「天井を持ち上げる筋トレ」なんです。

肺の収縮が…だんだん年とって、肺の粘膜を広げて、酸素をよくとれるようにする、真っ直ぐ息が出るようにして、声帯にあまり斜めに息があたらないようにする。それしかないんです。セリフって音程があるでしょう。だからセリフだけやってるとダメなので、歌も歌ったり、喋ったりしながら。

阿川佐和子 歌舞伎俳優さんにもいろんなタイプがいますよね、女形、立役、両方なさる方もいるし。

玉三郎 父は立役でした。ふたり芸養子になりまして、ひとりは自分のうちを継げるように立役に、ひとりは相手役として女形ができるように。ということで「お前は女形、お前は立役」って決められたんです。

――ご自身はそれ言われた時、どう思われたんですか?
あ、よかったって思いました。立役なんて…。

――立役はあまり興味はなかったですか。
そうですね。

――きれいなほうが好きだった?
やっぱりそうでしたね。

――衣装がきれいとかそういう…
そうですね、存在がきれいという…はい。

――女らしさを出す上での苦労というのは…
簡単には申し上げられないです。というのは、時間がかかっちゃうんですね。
先輩の言う、細かい…「こういう声は出しちゃいけない」「こういうメイクしちゃいけない」とか…。

――メイクのことも言われるんですか。
(当然でしょうという表情で)そうですよ…?「腰元はこういう顏」「お姫様は
こういう顔」って…。たとえば、姫なんかでも、好きなひとを見るときに(横目で)こうは見ないですね。人を横に見るってことを知らないの。だからまっすぐ見たい、まっすぐ見るの。

――盗み見たりはしないんですか。
そういう商売の女は、盗み見るというか、流し目で男を見るというか。
また、年とった役以外は、手を前に出してはいけない。必ず手をつくときは膝より手前のところにつく、そうすると若く見えるでしょ?
そういう一個ずつの…細かい、細部の積み上げの、組み合わせですので、(女らしさを表現する上での)これっていう決め手はないんです。

――たとえば絵を観たり、写真をみたりっていうことは…
(即答で)あ、もちろんします。それも数限りなく見る中での取材ですから。

※ここで、鳥文斎栄之「青楼美人六花仙 越前屋唐土」と、篠山紀信撮影による玉三郎『稲舟』の遊女写真が並べられた画面になる

たとえば、こういうこと。まったく同じではないけれども、雰囲気をとるというか。この絵の描いた人のイメージを。だってさ、絵のとおりの形なんて、出来ないじゃないですか。絵描きさんも、人間の形のとおりは描いてない。そこを「翻訳」していくわけね。絵の観方を覚えていく。それが専門家ということなんでしょうか。

――(花魁のときの衣装は相当重いという話から)どんなことが大変ですか。
(首の後ろに手をやりながら)頭をまっすぐ伸ばしていることが大変なんです。カツラの重さで引っ張られますから。

――でもあれだけのソプラノを出すって言うのは…
(ちょっとツッコミっぽく)一応……専門家ですのでね。
――あっどうも…いや…稚拙な質問ですいません。
あっはっはっはっは…冗談ですよ…。

――そういった積み重ねを、これからは後輩にも教えていくのがお役目で…
教えていかなきゃいけない。それはもう使命として。

――女形の後輩としては、七之助君とか、
たくさんいます、菊之助君とか。でもふたりとも(立役・女形)両方やりますからね。純女形というのは…非常に難しいですね。

いまね、両方やりすぎるのね。祖父(※と言ってるように聞こえるが守田勘彌のことか。もしくは十三代目からの口伝?)の教えは、「兼ねるというのは、男がちゃんとできて女をやる、または女がちゃんとできて男をやるというのが、兼ねるということ」なんです。どっちもやるんだけど、どっちも片っぽの味がしちゃう…「それはオンナオトコだよ」って。

――七之助さんや、菊之助さんはいかがですか。
もう30歳ですから、やってきちゃったわけですからね。

――両方とも?
はい。

――今から、ちゃんと(片方を)やりなさいと仰りたいですか?
当人に任せます。舞台のこと、芸道のことは、当人の志の問題ですから、他人から言って、なるものではない。でもわたくしは、そっと何度かは言っております。そっと何度か言ってるうちに理解しない人には言わないです。
(ここで少しスタジオがシーンとなる)

――あっ…そうですか…。
風のように…「片っぽのほうがいいんじゃないの」「父はこういってたけど」って。

僕たちの時代って、すれ違いざまに大先輩が「お前、その襟の合わせ方じゃダメだよ」って言って、次に直ってなかったら、もう言ってくれませんよ二度と。

――すぐ捨てられちゃうんだ。
そうよ、すごい厳しい時代です。僕はもう本当に、真面目に聞きました。「あ、言ってくれた」って…。そして忘れなかったです、僕。

たとえば、父がよくないと思った役者の演技を見るでしょ、「よくないね、兼ねるとは言わないよ」これで終わりですからね。その言葉の中で理解できなければ、繊細な、微妙なことは理解できないです。だから、「若いうちから大役がついたからって、その気になっちゃいけないよ」って。これはもう朝・昼・晩と言われました。

――あ、一回じゃなくて
(佐和子を凝視して)朝・昼・晩っ…!
「そのお茶の置き方はなんだい、人様が観たらどう思うだろうか」って。「(玉三郎の着ている)衣装が大きいときは、もし先輩が歩いてきたときは、どうしたらいいか?」考えなさいって。すれ違うときには「お前が先輩だと思いなさい。もしも後輩がよい衣装を着て歩いてきたとして、後輩はどこをどう歩いたら、先輩は気持ちがいいだろうか、考えなさい」って。

――逆の立場に立って考えれば分かるだろうと。
だって、役者って「君いい声だね」って、一日に三回ささやいたらダメになるって。その役者をダメするには一日に三回ささやけ、三回褒めろって。

――でも、褒められまくってませんか?
だから、父に「褒められたことは疑え」って。みんな社交辞令なんだよって。
父と僕が楽屋で鏡台に向かってますね、父のお客さんが来て「玉三郎さんこの頃よくなられましたね」っておっしゃると、「玉三郎をよくしたかったら褒めないでください」って。本当にお前のことを思ってくれる人だったら、ちゃんと言ってくれるだろうって…。