背徳の告白

浮気も命がけです

一目に触れることを承知で書く。
私は今、浮気している。


なぜ、長年続いた楽な関係じゃ、人は物足りなくなるんだろう。
やっと言葉も要らないほどに分かり合える関係が築けたというのに。
いともたやすく、新しく、眩しい存在に心が惹かれてしまうのだろうか。
昔からの付き合いのあいつと、目を合わせるのが、辛くて仕方がない―――。

 なーんて。純文学っぽい出だして気取ってみたが、
私の「浮気」相手はクリニーング屋さんのことである。
ずっと家のすぐ近くにある、古式ゆかしい木造の老舗にお世話になっていた。
いまだに店主は店先で、ランニング一枚でシュウシュウいう大きなアイロン片手に、
見事なリズムで糊付けを仕上げていく。
初めて店を訪れたとき、おかみさんが「うちはちょっと他所よりも高いけど、
そのぶん仕上がりには自信があります」と誇らしげに啖呵をきったのが忘れられない。
亭主の腕はすごいんだよ、という自信に満ちた目が、すがすがしかった。
下町っぽいそのノリに懐かしさを覚え、以来ずっと贔屓にしてきた。


しかし、である。
ちょっと遠くなるが●●銀座商店街にピカピカの新店舗が出来た。とにかく安い。
ちょうど衣替えの季節も手伝い、まとめて冬物を出したいときに
その差額分は魅力的だった。出してみてビックリ。一回飲めるぐらい違うではないか。
以来私は事あるごとに、ピカピカ妾のほうに衣類の細々を任せ、
古女房には寄り付かない日々が続いている。ああ、今まで貞淑で堅実な妻で
満足してきたのに、一度安酒場の女を知って溺れていく
古いドラマの主人公のような気分だ……。 違うか。


すっぱり切れるならいい。私のずるさは
これぞという服は正妻に任せたい気持ちにある。
それはまるで本当の「浮気」をする男のような
「狡猾さ」が、自分にも潜んでいることを知らされるようで、
馴染みのクリニーング屋の前を通るたび、
なんだかむず痒い気分になってしまう雨の日だった。