一年に一度の欲望

次に食べるのは来年の春

しばしば語られるネタだけど、
「突然どうしても食べたくなるもの」が私にもある。
普段はまったく気にならないのに、ひとたび思いつくと
居ても立ってもいられなくなる。
私の場合これらは「一年に一度」ぐらいのスパンで
突然やってくることが多い。あるときは「ソバ屋のカツ丼」だったり
(ちょっと蒸しすぎでご飯も水っぽかったりするような安っぽいのが、たまにどうしても食べたくなることがある)「たまごかき混ぜごはん」だったり(醤油の加減が大変難しい)
「すき焼きで最後まで残った糸こんにゃく」だったり
(このためだけにはさすがにすき焼きをしない。しかしすき焼きをしたら必ず最後まで糸こんにゃくは育てる)
などと色々あるのだが、先日の場合は「カステラ」だった。


●カステラ・コンフュージョン
急に天啓を受けたかのようにあの黄色いフワフワが頭に浮かんでしょうがない。
ああ食べたい、口に入れたい、いますぐに! 取り立てて普段から大好物という訳でもないのに、
なんなんだこの衝動は。そういえば去年の春頃にもカステラを食べたような。
カステラにしかない栄養素がちょうど私の体内では365日で枯渇してしまうのだろうか。そんな馬鹿な。
単なる糖分と卵と粉ではないか。そんなことを考えるうちフラフラと体は
自然デパートに吸い寄せられ、数分後には福砂屋の包みをぶら下げていた。
えええええ誰か昨日知らないうちに催眠術でもかけたんじゃなかろうか。
あの物陰で首謀者達がクスクス笑っているんじゃなかろうか。病院にいったほうがいいのかな。
自分でもなんだか、おかしくなってしまう。カステラ・コンフュージョン


●一番美味しいカステラの部分
カステラといえば、悲しい思い出がある。
他の人はどうだか知らないが、私はカステラの下に付いている紙をはがして、
さらにその紙に持っていかれたカステラの黒い部分を食べるのが好きだ。
あれを歯でこそげとるときの愉しさというのは、私にとって一種自分が人間を忘れたかのような
エキサイティングなものだ。きっとクヌギやナラの木に集まって樹液を吸ってる昆虫って
こんな気分じゃないだろうか。「無心」っていうか……「一心不乱」とていうか。
おいしいから食べてるというよりは、こそげ取ることのみに全神経を集中するあの感覚……楽しいけれど、
どーみても格好のいいもんじゃあない。だからこそ家でコッソリとやりたい種類の「レジャー」なのだが、
かつてこんな失敗をしてしまった。大学生時代に塾でアルバイトをしていたとき、
休憩時間に仲間とコンビニへ飯を買いに行ったときのこと。フト見ればカステラがそこに。
そのときムクムクと「食べたい!」という欲求が沸いてきた。
ちょうど前食べたときから一年ほど経過していたのだろうか。その衝動を押さえきれず、
何の考えもなしに咄嗟に手を伸ばしてしまったのだ。しかし! バイト仲間の前であの
「忘我のチューチュー」をやることはどうしても出来なかった。
そのときの私では若すぎた……そして青過ぎた。いや多分今でもやらないけれど。
よっぽど持って帰ろうかとも思ったが、それもあまりにビンボ臭いのでやめた。
今でもカステラのあの紙をはがすとき、そのときの不覚な思いが甦る。
これから私が何十年生きるか分からないけれど、たとえば八十年生きるとしたら、
八十分の一の愉悦を私は味わい損ねてしまったのだ。そんなたいしたことか。いや、たいしたことだ。
私にとっては一年に一度の衝動である「カステラたち」を味わうこととは、
「クリスマス」を過ごすようなイベントと、大差ないことなのだから。


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