さようなら、「いせや」

「風情」のある店だった

 吉祥寺の名店「いせや」が休業してしまった。
ああ……そうと知っていれば是が非でも一度は行ったのに!
間に合わなかった……遅かった……自分の愚挙がなんとも恨めしい。
建物の老朽化によるもので、潰して新しいビルができるのだとか。
「綺麗な真白き『いせや』」、なんて「使い込まれた風合いが素敵な新品」みたいな
矛盾した表現に感じられてしまうほどに、あの古ぼけた大きな建物は味わい深く、素敵な情緒のある店だった。
昭和30年代の日本映画に出てくるような佇まいは、まさに「酒場」という感じで、
ひょいとそこから割烹着姿の浦辺粂子が出てきそうな、そんな雰囲気が好きだった。
白熱灯の明かり、アルミの灰皿、瓶ビールのケースがある片隅……オーバーなようだが、
日本という国がずっと綿々と存在してきた、歴史の証拠のような店だったと思う。
映画に残る日本の昔のたたずまい、というものが本当にあったのだという
素敵な「証人」がつぶされてしまうのだ。地震の耐久性、ということを考えたら
シャレにならない状態なのだろうけれど……ああ、やっぱりもったいない! 続けてほしい。


 年に1、2回行くか行かないかとくペースだったので、
我ながら寂しいとか言うのもおこがましいのだけれど、あの建物があそこにないという事実が、どうにも切ないのだ。
 焼き鳥屋なのに、「しゅうまい」がとっても美味しくて名物だった。
とにかく安くて、学生時代ありがたかったことを思い出す。
安いとありがたい、という事は今も変わらないのがツライところだけれど。
高校・大学と一緒だったケンタとよく飲み行ったなあ。あいつ元気だろうか。
あ、井の頭公園でデートしたあの人のことも思い出した。
ボートには乗らなかったのに、結局フラれてしまった、そんなこんなが甦る。
この店は4時ぐらいからやっていて、昼間からナンコツなどつまみに
酔いどれてるオヤジが通りから見えていたものだった。
そんな人達を若い頃の私は「酔狂な奴らだなあ」と眺めていたが、
今じゃすっかり自分がそっち側の人間だ。
 時と共に人は変わりゆく。だからこそ「変わらない店」というものが、いとおしく思え、
たまらなく心地よい存在に感じられるのかもしれない。美味い店というのは少なからずあるが、
自分の「来し方」を感じさせてくれる店、というのは滅多にあるものではない。
 あのしゅうまいをもう一度食べたかった。


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