映画『イカとクジラ』(改訂版)

12月公開予定

<スタッフ&キャスト>
監督・脚本:ノア・バームバック 
出演:ジェフ・ダニエルズ(『カイロの紫のバラ
グッドナイト&グッドラック』)、ローラ・リニー
(『愛についてのキンゼイ・レポート』)
ウィリアム・ボールドウィンほか。


<あらすじ>
バーナードとジョーンは共に小説家で夫婦。かつてはその才能に惹かれあい結婚して男の子二人をもうけるに至ったが、作家としての方向性の違いが大きな溝を生んでいった。妻は浮気に走り、夫は冷たい態度をとるようになり、とうとう離婚。パパを信奉する兄貴はママを責め、ママ大好きな弟はパパをなじる。幼い二人は親のエゴイズムに翻弄されながら悩み、親としても個人としても悩める大人二人は責任をなすりつけあい、そして……。


 なんともインパクトのあるタイトルですが、
「あら、『いきもの地球紀行』の映画版かしら?」などと思わないように。
(のっけから話は逸れるが昔、歌手の「イルカ」と「サーカス」が合同公演をやるというイベントのとき、
勘違いした児童団体が大挙して訪れてしまったという実話があるらしい……)
 
そんなことはともかくッ、はい、本筋!


■■『イカとクジラ


 「家族の離散」をテーマにした、重い、重い話だ。見ていてつらくなるほどに、露悪的なシーンも多々出てくる。
しかしそれでもなお私は、この映画を強力におススメしたい。
これだけキッチリ人間を描けている映画に私は久しぶりに出会った。
家族という人間のつながりを、説得力を持って描き出した傑作だと思う。
  なーーーーんて堅い書き出しで始めちゃいましたが、いやあ……観て良かった、いいもの観ました。
あらすじと書き出し読んだ人は「なんだか堅苦しそう」「『秋のソナタ』みたいに重過ぎない?」と
思っちゃうかもしれませんが、そんなことはありません。小津安二郎とか
ウディ・アレンが好きな人なら絶対気に入ると思う。
 物語の軸となるひとつの家庭(父・母・兄・弟)のうち、両親は共に作家、
父親は難解なインテリ、母親は大衆寄り。その方向性の違いが次第にすれ違いとなり、大きな溝になっている。
知らず知らず発せられていた不満と嫌悪は、子供たちにもしっかり伝わっており、おかしな兆候が現れだす……てな話。
そう、明るい話でもなんでもない。ありがちな、離婚とそれに伴う子供たちの戸惑いを描いた作品だ。


 こういう身近な、日常的なテーマは「嘘」がまったく許されないものだ。
夫婦生活を営んできた十何年という時間、二人の子供が育ってきた歴史、
そして溝が出来てから修復不可能になっていった経緯……そういった実際はドラマに出てこない部分を、
いかにリアリティを持って役者が、脚本が、監督が心のうちに作りこんでいるか、
おざなりにせず築き上げているかが「キモ」になってくる。この映画はそういった「見えざるひとつの家庭の歴史」が
映画全体(ここがミソね)からキチンと感じられる秀作だった。
 監督・脚本のノア・バームバックウェス・アンダーソン監督の
ライフ・アクアティック』(大好き!)の共同脚本を務めた人で、なんとこれが監督4本目というから恐ろしい。
 なんといってもスゴイのは、「暗くて重いシーンをサッパリ撮れる」というところ……タダモンじゃないっすね。
ものすごく痛々しい場面が続いても、どこか冷静で客観的な視線が入っていて、少し冷めているのだ。
仰々しく「ほら悲劇だぞ!」「ああ無情!」とお涙頂戴なモードで迫ってこない。
「現代家庭の抱える病理!」とか社会派ぶった視点を押し付けてくるでもない。
子供と大人、両方の視点でもって「離婚」「別居する家族」というドラマを構成していく。
それは同時に、「誰が特に悪者になるでもない」描き方なんだなあ。みんながそれぞれ自分なりのエゴを持っている。
みんながそれなりに悩みもがき、苦しんでいるのだ。
 凡庸な監督なら「ここは盛り上がりどころだっせ!」と芝居タップリ、
長まわしで見せちゃうようなところも、あえてアッサリ終わらせてくる。
 お互い家族として仲良くしたいのに、こじれてしまった感情の糸がほどけなくて、許せない。
そんなやるせないシーンの連続も、辛くなりすぎず見ていられるのは、
リベラルな観点で書かれた脚本のよさと、撮影&編集によるところが大きいのだろう。
 人間の負の部分を描きつつも、見るものに不快感を覚えさせない監督の「芸」に、私はうなった。


 結局、この家族は元に戻ることはない。しかし、それぞれが自分なりの新しい道へ前向きに歩き出すという、
爽やかなエンディングを観客に与えてくれる。一家の離散ということを経て、家族のそれぞれが
ひとつの人間としての成長を果たし、あらたな形の「家庭」を得るという美しいラストに私は感動した。
後半などハッキリ言って「あちゃー」の連続、シャレなんないほど痛い展開になるんだけど、
スッキリとした希望を感じさせる終盤へのもって行き方がとっても見事。
 そう、この映画は基本的に人間賛歌なのだと思う。汚い人間の負の部分を描きながらも
どこか暗くなりきらないのは、監督のそんな精神があるんじゃないだろうか。
 じっくりとした人間ドラマ、最近見てないなあという人には
キョーーーーーーーーレツにおススメしたい一本です。12月ごろ公開予定。


●公式サイト
http://www.sonypictures.jp/movies/thesquidandthewhale/index.html


●追記
役者の演技も完璧。特に奥さん役のローラ・リニーが素晴らしい。
『愛についてのキンゼイレポート』でも見事だったが、ここまで内面の感情を溢れ出させることに
長けた女優もそうそういませんね、子供の役者達は彼女の演技につれられて
よりリアルでナチュラルな感情を引き出されていたシーンも多かったように思う。
そして特筆すべきは長男役! ジェス・アイゼンバーグというまだ23歳の子だが、彼がいたから
最終的に救われるラストにもっていけたといっても過言ではない。
そのセンシティヴな情感、緻密な演技は親役二人のそれと
まったくひけをとらないものであった。俊英!


●追記2
なおかつ驚くべきことにこの映画はなんと23日間で撮られたのだとか!
マーーーーーーーーージーーーーーーーーーーーーでーーーーーーーーーー。
もう投げやりに書いちゃうが、天才だね。あと尺が81分というのも素晴らしい。
いかに無駄がないか。ダラダラ長い作品のなんと多いことか……はい、愚痴ですねスイマセン。


●追記3
重要な脇役でウィリアム・ボールドウィンが出てくるのだけど……ぎゃあああビックリした!
なんちゅうか……フツーのおっさんなんだもの! いや、それでいいのだけど普通のおっさん役だから(笑)。
でもかつてのハンサムぶりはどこへ!? 『バックドラフト』『硝子の塔』などでは
ラテン系の色気ムンムン男で、当時はよく女優と浮名を流していたというのに……。
私はこの人が出てくるたび「『もういいや』って思っちゃったんだろうなあ」と繰り返し呟いてしまいましたね。
出っ腹が揺れるたび「『もう2枚目やーめた』とか思っちゃったんだなあ」と感じちゃいましたね。
まあ、役作りなのかもしれないが。時間って残酷。


●お知らせ

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