映画『ヨコハマメリー』

hakuouatsushi2006-11-13

 先日、飯田橋に残る名画座ギンレイホールで「ヨコハマメリー」を遅ればせながら見てきた。
 横浜の野毛から伊勢崎町あたり、この界隈に流れる空気、町のにおい、人々の風情……どうやってそれらを伝えたらいいだろう。雑多、猥雑、そんな単純な言葉では到底表現しきれるもんじゃない。長屋のように一杯飲み屋や雀荘がいまだに並ぶ街角、ひなびた温泉街のような7色のネオンが光るエログロな一角にはパンチパーマにベスト、ちょっと曲がった蝶ネクタイの呼び込みが立っていて、ほの暗い川べりにはどこの国の者だかわからない女たちが、女なのかも分からないような人々がずっと並んで……。


 今はもう随分綺麗になって「たちんぼ」(分からない人も多いかもしれない。街角に立ってる売春婦のことだ。いや、今回の趣旨的にはパンパンと言った方がいいかもしれない)なんかもいなくなったようだが、私がよく横浜で遊んでいた10年前ぐらいの野毛・伊勢崎町のイメージというのはこんな感じだった。綺麗でオシャレな店も増えてきていたが、地震がきたらあっという間にペッちゃんこになってしまいそうな店ばかり、という印象が強かった。バラックのような、トタンやベニヤで出来てるんじゃないかという家々も処々残っていたように思う。何度か遊びに行ったことのあるバーが火事になったとき、「アーっという間に燃え尽きてしまった」と聞いて「さもありなん」と思ったな、難を逃れたあそこのママはまだ元気だろうか。


 と、思い出話が長くなりましたが、こういった横浜の一面、色街・花街だった土地に残る「華やかりし頃の面影」、そういったものに対する限りないオマージュが『ヨコハマメリー』という作品のすべてだったと思う。誤解を恐れずにいえば、消えゆく「いかがわしきものたち」への憧憬と哀悼なんだろうなあ。
 港町でひとり体を売って生きてきたという娼婦、いや、パンパンのメリーさん。実在の人物だ。腰はまがり背中は丸まった老婆だが、顔はいまだに水おしろいで塗り固め、どぎつい、と言われても仕方ないようなアイライン、そして口紅。まるで舞台メイクのようなその容貌で横浜を練り歩く彼女は、一部で相当な有名人だったようだ。当たり前か。
 ある日突然街から姿を消した彼女を追ってカメラはゆく。メリーさんゆかりの人々、当時を知る人たちから語られる、彼女が娼婦になったわけ、その人となり、晩年の境遇……。男娼を経てシャンソン歌手になった末期がんの男性、元芸者、外人将校が大挙して訪れていたという飲み屋の人々、メリーさんの髪を担当していた美容師、クリニーング屋さん、はては団鬼六さんまで、様々な横浜の一側面を見てきた人の口から、メリーさんを通して当時の横浜、伊勢崎のあたりの風俗がよみがえってくる。それは私たちが現在「ヨコハマ」と聞いて真っ先に思い浮かべるような美しい夜景、近代的なホテル、駅前のにぎわいとは真反対のイメージだ。人々が密集してうらやんだりやっかみあったり、またときには助け合い係わり合って、持ちつ持たれつ生きていくような情景が、映画を見るうちにドンドン私の心に染み入ってくる。豊田四郎監督の『甘い汗』とか溝口健二の『赤線地帯』、川島雄三の『洲崎パラダイス』なんかの世界が間近に広がっていく感じといえば、映画好きの人なら分かるかもしれない。


 この映画に登場する人の多くは、現代という時代には生きにくい人々だ。時流に沿って自分を変えて、折り合いながら生きていくことの出来なかった人々だ。芸人にしろパンパンにしろ、自分なりの生き方でしか生きられない人達が、横浜という場所を舞台にしていろいろ出てくる。自らを貫き通す強さ、覚悟ももちろんあったろうが、それが年齢と共に辛くなっていく。病気になったりする。富める者は隠居していく。そして、ひとつの時代が終わっていく……。文化という形でのこるようなものではなく、風俗という「ひとくくり」で消え去ってしまうようなものなのかもしれない。
 「だけどね、そんなこと悔いなんかありゃしないのよ」というこざっぱりとした啖呵のようなものをシャンソン歌手、元芸者、メリーさんたちから私は感じた。「ほろびゆくもの」独得の美しさをたたえながら、映画が終わった瞬間ある種の幻影がフッと消えたような物悲しさを感じたが、後味は爽やかだった。
 とある時代の「息吹」と横浜のある一画の「風情」を、監督はしっかりとフィルムに収めた。彼も悔いはないだろう。


上映スケジュール:http://www.yokohamamary.com/yokohamamary.com/mary-news.html


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