岸田今日子さんのこと

さようなら

 この人を最初に意識したのは小学4年生頃だったろうか。『少女に何が起こったか』という懐かしの大映ドラマで見たのが最初だったと思う。当時スーパーアイドルだった小泉今日子主演で、敵役(かたきやく)に売れる前の賀来千香子高木美保が出ていた番組だったから随分前の話だ。音楽大学を舞台にした話で、大学の学長夫人をその人は演じていた。たいした役ではなかったが、そのセリフ回しと存在感は簡単に言うと強烈だった。そう、子供心に「なぜか目をそらしてはいけない」ような気がして、この人が出て何か喋りだすたびに、軽い「金縛り」にあったような感じで見入ってしまったことを思い出す。


 妖しい人だった。そんなイメージを本人も楽しんでいたのではないだろうか。なんのCMだったか忘れたけれども、「鉄棒する猫を見たら教えてください」という不思議なフレーズをナレーションしたコマーシャルは今も耳に残っている。最近ではチョコレートのCMで、ひとくち食するやいなや「うんまッ!」と叫んだフレーズが忘れられない。大女優の域に入っても、いつまでもチャレンジ精神というか何でもやってくれるというか、とにかく老けない人だった。
 映画だと、中学生のときに足繁く通っていた今は亡き名画座並木座で見た『にごりえ』が心に残る。1953年製作のこの映画で彼女は普通のお嬢様を演じていた。ちょっと鼻持ちならないような役で、いかにもワガママなお姫様、というような役どころなんだが、その魁偉な風貌に私は話の筋も何もすべて超えてビックラこいてしまった。人並みはずれて大きな唇、存在感のある鼻、何か見透かすような目……なのにキチンとお嬢様としての気位や存在感をたたえている不思議……。こういうのが演技力というものかとしばし考えてしまった。
 みんな『砂の女』とか舞台の功績を褒めたたえるだろうから、私なりの印象的だった彼女の演技を最後にちょっと。中島貞夫監督の『大奥秘物語』(おおおくまるひものがたり)という作品では小川知子と同性愛関係を結び、将軍の子を小川が身ごもると嫉妬の炎を燃やす執念の女を演じていた。その妄執というか……はっきりいってキチガイぶりがすさまじかった。そして彼女が遺したその手の演技では、増村保造監督作品の『女の小箱より 夫が見た』そして『この子の七つのお祝いに』がなんといっても素晴らしい。傑出した演技だと思う。そう、この人は軽く日常と非日常のはざまをポーンと超えられる人だった。一人トランス状態をいとも簡単に作り出せるというか、情念とか怨念といった、ものすごいパワーの「念」をしっかり役柄の上に構築できる人だったのだ。ものすごく変わっててアンユージュアルで奇人なキャラクターなのに、「ああ……こういう人もいるのかなあ」と出てくるだけで自然思わせちゃうような、そんな俳優だったと思う。そんな演技者は稀で、滅多にいるものではない。ジャック・ニコルソンのように、すべての役柄を自分に引き寄せてしまうような、そんなレアな演技が出来る人だった。書いていてキリがない。もっとも素敵な人間の「声」を私たちは昨日失ってしまった。これしか言えることはない、ありがとうございました。素晴らしい演技をこれからも楽しみます、お疲れ様でした。あなたを忘れません。


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