どら焼きの味

至福のひととき

 「朝なんかね、暑いのに行列が出来るのよ。それも毎日なんだからねえ」
 もう子供を乗せなくなって久しいだろう、自転車の後部シートに荷物をくくりながら、おばさんが教えてくれた。
 板橋区のとある商店街を歩いていたら、随分と繁盛しているお菓子屋さんがあった。辺りの他のお店は、いずれも静かな佇まい。店主の影すら見えないところが多いというのに、そこだけポツンと遊離したかのように、活況を見せている。
 おじいさん、おばあさん、といえる年代の方々が、立ち並んで自分の番を待っている。その姿に私は、うっすら熱気のようなものすら感じて、驚いてしまった。まるで子供が、小銭を握り締め、期待に急き駄菓子屋さんへ来たかのような、そんな風情をも感じた。出てきたおばさんに思わず「凄い人気なんですね」と声をかけてしまった。なんでここまで人気があるのか、何がおいしいのか、知りたかった。
「どら焼きなんてね、開店30分もせずに売り切れちゃうこともあるのよ」
 サンバイザー越しに「ニカッ」と笑って、おばさんは自転車に乗っていった。ありそうだな、と思った金歯はなかった。
 私も早速並んで、どら焼きをひとつ買ってみた。結構待ったが、買えた。けれど私の三人後ろの人で、今日の分のどら焼きは終わりだった。なんだかバツが悪くなって、列の後ろの人と目を合わせないようにして、急いで店を出た。


 確かに、おいしかった。ふうわりとした肉厚の皮、上品と下品の、ギリギリのところをいく具合の良い甘さ、小豆の皮のシャッキリとした感じ……。ひとつでも大変満足した気分にもなれるし、もうひとつ食べたい、とも思わせる出来の良さ。ドラえもんがこれを食べたら、いかばかりに喜ぶだろうか。どら焼きでうまさに唸ったことは、これが初めてだ。
 まだ私は、本当のおいしさを知らぬものが沢山あるのだろう。知らず私は、「どら焼きのおいしさの程度」を、自分で決め付けてしまっていた。おいしいけれど、ビックリしたりする程度のものではない、と……。目からウロコ、ではないけれど、謙虚な気持ちを忘れているなあ、と思い出させてくれたどら焼きだった。こんなふうに「食べたことのないおいしさの○○」が、他にもいっぱいあるに違いない。なんだか、ワクワクしてきてしまった。


 私が店を出るとき、一台の自転車が急ブレーキをかけて止まった。降りてきたのは濃い褐色の肌をした、インド人のような青年で、スタスタと長い足で店に入る。おじいちゃん、おばあちゃんの後ろに、濃い眉に彫りの深い顔が続く。その並びが何だか面白くて、ちょっと見ていたら、彼はすぐに出てきて、帰ってしまった。彼もどら焼きを求めて、自転車を飛ばしてきたのだろうか。インドの方にも、あのほのかな皮の甘み、あんこの味は好まれるのだろうか。時計を見たら、確かに30分を過ぎていた。
 どら焼きの味も、中々にインターナショナルなのかもしれない。


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