はかけのわたし

けっこうヤバいキャラだよな

 歯が折れた。
しかも前歯。前歯が一本ないだけで、ここまで人間の顔はかくも間抜けになるものだろうか。「コロッケ5えんのすけ」とか「レレレのおじさん」とかが自然頭に浮かぶ。あんなラインに今私は並列されるのか……思いっきりギャグの世界……もともと確かにイロモノ系ライターだけど……などと逡巡する時間も惜しくて、私は行きつけのミキ歯科医院に電話した。

「明日は予約でいっぱいです」ギャング映画に出てくるピーター・ローレみたいな非情さで、ナースは断言する。一瞬絶望するも、「歯がなくて間抜けすぎて外にも出れないんです」とは言えなかった。腑抜けな私……しかし、ここで諦めてなるものか。私は石川さゆりが「津軽海峡冬景色」を歌い上げる情感をイメージしつつ、切々と「もうちょっと耐えられなくて……」としばらく懇願した。痛みに、と嘘はいえないつらさ。間抜けな自分に、とは言えない恥ずかしさ。どこがどう痛いのかと聞かれたらどうしよう! などと思っていたらしばらく押し黙ったのち「4時半に来てください」と、ひとこと。願いは通じた。人生、押してみるものだ。


 歯を治してもらいながら私は思っていた。歯医者というのは、私のような人間はなれないだろうなあ。頭の出来もそうだが、私のこんな間抜けな顔を見ても、表情ひとつ変えないミキ先生(男)が凄いなあと思うのだ。「お口開けてみてください」と先生は開口一番言った。
「ふうん」眉ひとつ変えずミキ先生は言う。
 私だったら「プッ」と噴き出してしまうかもしれない。さらに大きく口を開けながら、いろんなものを口に突っ込まれている私。ここで今「エロ目」(注1)なんかしたら、すごい破壊力だろうなあ。エロ目をした自分の歯欠けの顔を想像しただけで、私は少し笑ってしまった。歯を削られながら笑う患者もそうそういないであろう。しかしミキ先生は顔色ひとつ変えはしない。ひょっとしたらこの人は天性のギャンブラーなんじゃないだろうか。ポーカーフェイスのミキとかいったら賭博場では結構知られた存在なのかもしれない。インドマグロ子(注2)みたいな追っかけもいるかもしれない。いや、『緋牡丹博徒』の高倉健とかあっちのほうか。ミキ先生にそんな着せ替えごっごをして遊んでいたら、私の歯は復活していた。


注1:エロ目
こういう言葉があるのか知らないが、友人の編集者ヨシエが私に対し「あんたはエロ目だねえ」とかつて語っていた。なんでも「ついでにとんちんかん」(えんどコイチ:著)の間抜作先生のような目なんだそうだ。あ、こいつも歯っ欠けだった。


注2:インドマグロ子
高橋のぼるによる傑作漫画「リーマンギャンブラーマウス」に出てくる傑作キャラ。当然女体盛りとかもやるが、ちっともやらしくない。これを超える女キャラは漫画界にあと10年は出ないであろう。


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