夏の花の間違った活用法

ご立派

 駅に向かう道の途中、立派な、黄色いグラジオラスが咲いていた。ご近所の玄関先にあるプランターに、妍(けん)を競うように、いくつも花をつけている。夏の花らしい、強い、鮮やかな黄色い花びら。梅雨忘れの熱気にも負けず、ピンと茎を伸ばしたその姿。おかしな表現だけれども、背筋がいいなあ、と思ってしまった。この花は、なんて姿勢がいいのだろう。
 その日私は、午前中ずうっと原稿を書いていた。そしてフト立ち上がろうとした私を襲ったのは、絶望感――。腰が凝り固まっていた、といえば簡単だが、ヘンに曲がった形のまま、腰がまっすぐに伸ばせない。伸ばそうとすると「ピキッ」とした、緊張感を伴う痛みが脊髄を走る。「ここで無理をしたら、取り返しのつかないことになるんじゃないか……」人間、悪い予感ほどよく当たるものである。よっぽど安静にしようかと思ったが、こんな日に限って打ち合わせがあるものだ。ヘッポコ・ライターが日延べなどできようもない。ごまかしごまかし外へ出たが……よそ様の窓ガラスに映る自分の姿が目に入ったときは、一瞬他人だと心から思った。思い込みたかった。ここまでみっともないことになっていようとは……どう見ても「散歩中のジイサン」か「中腰の肥満カンガルー」である。ヘッピリ腰とはこのことをいうんですね、またひとつライターとして語彙を増やした満足感……などあろうはずもなく、一気に10歳は老け込んだような暗澹たる気持ちでいっぱいになった。
 そんなとき目に留まったのが、くだんのグラジオラスである。7、8本は咲き並んでいたその麗しき花々が、私の目には外人モデルの集団のように見えた。ピンと伸びた茎……ああ、なんていい姿勢なんだ……うっ、痛い……。そうだ! 動物の姿をイメージングしてやるヨガがあるのなら、花をイメージしてやるヨガがあってもいいのではないだろうか。早速私はグラジオラスをイメージして背筋を伸ばしてみた。溺れるものはわらをも掴むというが、グラジオラスを掴む人も珍しいだろう。そのおかげかどうか分からないが、無事に駅まではたどり着けた。
 帰りに花屋でグラジオラスを一本買った。今、それはパソコンの前にある。



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