女の【対決!】映画・第12回『夜の蝶』(1957)

原作:川口松太郎

 私は強い女が好きだ。妄執の女、自我の強い女、いがみ合う女、闘う女……こういった女たちが実際に自分の身の回りにいたらたまったもんじゃないが、強い女たちが活躍する映画を見るのは、私にとって最高の悦びのひとつである。このブログにおいて、そんな女たちがはっちゃけまくる映画をたまに紹介していきたいと思う。いったいなんのために。今日はその第12回! 
※また、「ミクシィ」というツールでも同様のコミュニティを開いています。そちらはもっと様々にブランチがあって楽しめるかと思います。もしやってる方がいたら見てみてください。
「女の【対決!】映画」http://mixi.jp/view_community.pl?id=278039

 かつてテレビ東京(※東京ローカルのテレビ局)では、洋邦問わず深夜に古い映画をよく放映していました。それも歴史的名作ではなく、時代の流れと共に忘れ去られてしまうような通俗的作品(プログラムピクチャー)を、縷々流してくれたものです
カウチポテト」なんて言葉が流行った80年代後半には、レンタルビデオブームが訪れ、史上に残る映画の名作は次々とリリースされていきました。しかし一部カルトファンが観たいような作品は、当然ビデオ化などされません。するとマニアが歯ぎしりしているのを見かねたかのように、テレ東はひょっこりレアな作品を真夜中に放映してくれ、それはそれは皆(誰だ)喜んだものです。今日ご紹介する映画も、そんなテレビ東京の深夜枠が私に教えてくれた一本。「大映」という今では倒産してしまった会社の作品『夜の蝶』です。


 話は至って簡単、夜の女ふたりが銀座を舞台に男を取り合い、意地を張り合い対決する。その対決模様の鮮やかさ、迫力が実に見事で、いつもならそこを中心にお話しするところですが、まず今日取り上げるのは別のこと。この作品に象徴される「大映」という会社のカラー、そのアンユージュアルな異形性を知ってほしいのです。私はこの作品で初めて大映作品に触れ、以来それこそヒロポンにハマってしまったジャンキーのように、この会社の映画を貪り観ました。それほどにすべてが濃く、一部の人間を虜(とりこ)にする……それが大映。その摩訶不思議さを、ちょっとここでご紹介。


○オープニングはいつも
「ポワ〜ン」 
 冒頭、うすら気味の悪い現代音楽が聞こえてきたら、それは大映映画のオープニングです。大抵は音楽家黛敏郎(「題名のない音楽会」の初代司会者です)織りなす不協和音、これから始まる不幸の象徴です。さあ、あなたはすでに異次元の入り口に……。


○舞台となる設定はいつも
 エッジのきいた世界、これに他なりません。大映が取り上げるのはいつでも淫売の世界やら水商売から花柳界、はたまた金貸し、詐欺などのクライム・ワールド、汚職や裏工作はびこるアウトローの世界がメインです。いったいなぜ……。


○映像世界はいつも
 小津安二郎の世界を「墨絵」、成瀬巳喜男を「水彩画」と例えるなら、大映映画はまさに「油絵」。常に画面の色調は赤と青が強調され、やたら強い陰影に支配されています。こんなこってりとした映像世界で主役を張れるのは、人並みはずれてバタ臭く、華美で、濃い情念をたぎらせる人でないと無理なのです。


○主役達はいつも
 大映にはとびきりの大スターが三人おりました。京マチ子(バタ臭く)、山本富士子(華美で)、若尾文子(濃い情念)、大抵はこの3人が持ちまわりで主演作品を作っていました。この映画ではマチ子が銀座のクラブのママ、富士子が京都から銀座へ進出するママを演じるのです。
 話は飛ぶようですが、昨年一冊の本が話題になりました。「おそめ」(文藝春秋)という実在の女性がモデルとなった本です。彼女は祇園にバーを開くや、時の大物がこぞってファンになり大繁盛。その後勢いに乗って東京にバーを出店、銀座のママ連から嫉妬と羨望を一身に浴びたという伝説的存在です。そう、この映画は彼女をモデルにしているんですね。「バー政治」という言葉がまだ生きていた昭和30年代、政財界の男達を手玉に取る本物の「やり手のママ」を本作は実に見事に活写しており、裏社会の一側面をうかがい知る点でも貴重な一作です。
 ねちっこく、はんなりとした京女を演じる山本富士子は、伊東深水日本画から抜け出たような岩絵の具ぶり。そしてキップのいい銀座女を演じる京マチ子は、洋画家・梅原龍三郎の絵から抜け出たかのような油具合。決して交わらない「水と油」が火花を散らすとどうなるか? 本作は、この後製作されたすべての「女の対決映画」に影響を与えたといっても過言ではありません。女のエゴが「ウルトラQ」のイントロのように渦巻く情念の一作、とくとご覧下さい!


■夜の蝶 (‘57 日本) 監督:吉村公三郎 脚本:田中澄江 撮影:宮川一夫 出演:京マチ子山本富士子船越英二、ほか


■あらすじ
数ある銀座のバーの中でもトップクラス、客質・格ともに最高峰と讃えられる「フランソワ」、そこのマリはここ数日苛立ちを隠しきれなかった。京都・祇園のトップをゆくと評判の「おきく」が、数日中に銀座に出店するという情報を得ていたからだ。しかも彼女は数年前に、自分の男を寝取った憎んでも憎みきれない相手だった……。


●「CDジャーナル2007年7月号」(音楽出版社)の「ヒロポン映画劇場」に掲載されたものを加筆訂正したものです。