女の【対決!】映画・第13回『Wの悲劇』(1984)

名言の宝庫

 「私、お爺様を殺してしまった!」
 劇中、若き日の薬師丸ひろ子が何度も叫んだこのセリフのインパクトたるや、それはそれは強烈なものでした。

 公開された昭和59年、このフレーズは一人歩きして流行語となってしまったほど。
 ひろ子の真似をする人々は多く、当時の人気番組「ひょうきん族」では山田邦子の十八番ネタとして有名でしたし、女優・あめくみちこは平成の今日(こんにち)でさえ、よく一発芸として披露してます。それもどうよ。
 あ、あと漫画家・澤井健(代表作「イオナ」「サーフサイドハイスクール」)は自分の作品の多くに、このフレーズを含め本作が生んだ名キャッチをパロディとしてちりばめていますね(例:「顔はぶたないで、女優なんだから!」などなど。ていうかこの映画は名言の佃煮屋みたいなもん)。
 現在30歳以上の人々の脳裏に、いかにこの作品が強く刻み込まれているか知れようというもの。今日はそんな名セリフを生んだ作品をご紹介、まずはあらすじから。

○ひとりの“Woman”
劇団「海」の新人女優・静香(ひろ子)は、次回公演「Wの悲劇」の主役を得るべくオーディションに向け稽古の毎日。そう、この話は実際のストーリーと劇中劇が交差して描かれます。なんと劇中の芝居の演出は蜷川幸雄、豪華この上ありません。ちなみに「お爺様を……」というのは舞台中のセリフ。


○オールのない船に乗り
静香はあえなく落選、しかも主役の世話係という屈辱的な結果に。公演後の誰もいない舞台で、ひとり悔しさに耐えながら主役のセリフを呟く静香。そんな彼女を、劇団の看板女優、翔(三田佳子)がジッと見つめていました。「あたしも昔、あなたと同じことをよくやったわ……」遠い目の三田先生……のし上った女にだけ許されるノスタルジーです。実績のない人がやると「単なる後ろ向きの女」ですからご注意。


○流されていくの時の河に
その夜、静香は翔のホテルの部屋に呼び出しをくらいます。切羽詰った口調に驚いていると、何とそこには本物のお爺さまの死体が! 「このパトロン腹上死しちゃったのよ……あなたの部屋で死んだことにしてくれない?」「いやです!」当然です。目が真剣な三田先生、「あたしはもう有名だからダメだけど、あなたなら世間は同情してくれるから大丈夫よ!」なんという図々しいお願いでしょう、女優のワガママにもほどがありますが、翔はズバリ言います。
「あなた、主役やりたいんでしょう?」


○わがままだと叱らないで
代わってくれたら私の力で絶対にヒロインはあなたにやらせる、だからお願い! ここで断られたら一巻の終わり、三田先生「荒瀬のがぶり寄り」も真っ青な勢いで一歩も引きません。
「分かってるのあなた、これはチャンスなのよッ!」
「でも……身代わりなんて、できるかしらっ……」
「できるわよっ、あなた役者でしょう!?」
私は役者……私は役者……主役のチャンス……!
その言葉の魔力に、静香はいともたやすく呑まれてしまいました。夢遊病のようにフラフラと自分の部屋で受話器を上げ、彼女は叫びます。「救急車呼んでください、早く!」


 当時人気絶頂のひろ子主演ゆえ、知らない人からは内容のない「アイドル映画」と思われがちですが、それは大間違い。この映画は女優というものの“業”を描いているのです。
 若手と大ベテラン、二つの角度から浮き彫りにされる“女優”。「舞台に上がるためなら、役者は何でもするわ」――三田佳子演じる大女優はそのことを充分に知っていました。そこにつけこんで、すべて自分の思い通り事を運ぶ計算高さ。約束どおり静香に役をつけるため、すでに決まっていたヒロイン(演じるのはこれが映画デビューの若き高木美保)を引きずりおろすシーンでは声高にその演技を罵倒(注1)。
「この子じゃあたし、やらないわよ。できないわ!」 その強さ、傲慢さ。しかし、舞台上の演技と華は圧倒的、母性に溢れた演技を見せつけます。一方スキャンダルの人となった静香。
「チケットも売らねばならない、アルバイトをすれば稽古の時間がないという状況で、パトロンの優しさをいつしか愛してしまった……」という筋で世間の同情を買え、という翔の作りあげた嘘を記者会見で演じることに(注2)。戸惑いつつも、いざ会見に臨み嵐のようなフラッシュを浴びるうちに、いつしか本当に自分は愛人だったかのような錯覚に陥っていきます。
 不名誉な脚光でも、カメラが向けられると演じてしまう演技者の性(さが)を肌で知ってしまうのです。演技する「カ・イ・カ・ン」を『セーラー服と機関銃』に続き感じてしまったひろ子、会見後の表情はもはや卵ではなく、女優のそれでした。
 しかし本番当日、緊張のあまり静香は弱音を吐きます。
「あたし出来ません!」その瞬間、蛇のような形相で翔は睨みつけ「女優、勝つか負けるかよ、いいっ!」そう言い残し舞台に飛び出てゆきます。途端にエレガントな貴婦人に一変する三田佳子。女が女優に変わる瞬間を目の当たりにして、静香は蛙のように縮こまるのか、蛇の道を行く一匹の蛇となるのか。閉幕の喝采を浴びるのは誰か、どうぞ皆さんでお確かめください。


<参考資料:この映画のテーマソング「Woman」>

○注1
このシーンは本作品の白眉ともいえるシーンです。私はここの三田佳子を見るたび「人間魚雷」とか「パットン戦車団」とか全然違う世界であるはずのフレーズが頭に浮かんで仕方ありません。映画パンフレットには三田さんとひろ子の対談があるのですが、それによると、「三田さん、このシーンが終わった後『あーあ、やっちゃったわよ……』と呟かれていたのが印象的でした」と、ひろ子が供述しています。何度も「三田さん、もっと激しく!」と澤井監督が撮り直しをしたシーンだそうです。三田さん、結構出し惜しみをするタイプなんですね……。


○注2

このシーンでは芸能記者に本物の人々を起用。梨本も翼もガン首そろえて質問攻めをかましてますが、その中にあの「須藤甚一郎」がいるのが見逃せないところ。マッチをして「須藤さんがいるなら喋りません」と激怒させた、容赦ない下品なツッコミをさせたら日本一だった須藤。芸能界の恐ろしさをキッチリ感じさせる、ある意味「名助演」を残しています。今ではなんと「目黒区議会議員」というのも意表をつきます。参考:http://d.hatena.ne.jp/hakuouatsushi/20070831


(この文章は、2007年の「CDジャーナル」9月号の「ヒロポン映画劇場」に掲載されたものを加筆転載しました)


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