ネットレス・デイズ 完結編

わけわかんない

 当たった。
「お客様のマンションは、光工事済み物件のリストに入っていませんね」
 ビックカメラでフレッツ登録の申し込みの担当員が、サラッと言った。途端に、先のケーブル業者が童話の悪者に思えてきた……。幼き王女だか王子への誕生祝いに「お前には『災厄』という名の祝福をやろう、イーヒッヒッヒッ」とかいいつつ呪文を唱え、空高く飛び去るシーンが童話にあったような……おやゆび姫だったかな。ひょっとしたらうちの両親、私の誕生祝いに「ネットの神様」だけお祝いに呼ばなかったんじゃないだろうか。そうだそうだ、この最悪はすべてお母様お父様のせい……などというバカな妄想が頭をよぎる。現実逃避だ。
 管理会社の人が「カンチガイでした、ごめんなさい」と電話越しに言っている。徳永英明が「♪何も聞こえない〜」と脳内で歌いだす。もやもや。逃避してても仕方ない、この足でフレッツを申し込むか。「将来的には光を入れるよう検討中でして……」何の実(じつ)もない言葉が受話器を通じて、耳をすり抜けて流れていく。早く切りたかった。
 こーいうネットだのパソコンに関する細々したことが、本当に煩わしい。また、この手の「煩わしさ」というのは、多分「ある種」の人々にはチイとも苦痛じゃないんだろうな、と分かるところが更に煩わしいったらありゃしない。そしてまた、その種の人々のほうが世間的には大多数なのだ。それが分かっちゃうところが、ああ……悔しい!
 auビックカメラの店員が簡単そうに言ってることが、私には「微分積分の解説」と同じように聞こえてしまう。二日酔いのときに聞いてると、本当に吐きそうだ。実際私は今回、先のビックカメラの店員さんに
IP電話はどうしますか? 光がauでは開通できなかったそうですが、フレッツでも一応光申し込みます? その場合工事は……ファックスの場合IPですと使用できない場合があって……電話権は現在どのような状況ですか……ADSLの速度は……」と立て続けに訊かれたとき……恥ずかしい話だが、涙が不覚にも滲んでしまった。
 言ってることの殆どが、まったく分からない。自分がどん底のバカのような気がした。いや、バカだ。こんな気分は高校時代、「サイン・コサイン・タンジェント」に苦しめられて以来。なんだか悲しさが胸に溢れかえって仕方がなかった。何一つ分からない。何一つ頭に入ってこない。ああ……更に恥の上塗りだが書いてしまおう、そのとき、私の口からツルリと漏れたセリフを。私は初対面の若そうな、ソフトモヒカンの店員に向かって思わず
「あの…あの…どうしたらいいんでしょうか、私は」
 と、まさに「絞り出すような声」でたずねた。昔パリでパスポートをすられた日本人がこんな声を出していた。そしてさらに私は続けて
「私はただ、ただファックスとメールとインターネットさえできれば、できれば……(涙声)」
 まるで、万引きで捕まった中学生が、親呼ばれて泣き出してしまったかのような情感で崩れてしまった私。店員さんは明らかに動揺していた。私が店員だったら「変な人がいるんです!」と通報していたかもしれない。しかし、この人は性格がよかったらしく「よほど(この人なりに)ツラいことがあったのだろう」と察してくれたようだった。ありがとう。その後、非常に親身にアドバイスをしてくれた。しかしそれは「店員と客」というよりも、「あまりにもクルクルパーの不良を必死に更正指導する保護司」のような風情であったに違いない……。
 そして、ビックカメラ渋谷店Sさんの指導の下、私はなぜかまたauADSL開通サービスを待っている。「お客様が希望の内容でしたら、初期費用はauのほうが断然安いですよ」といわれたのだ。その瞬間も相当ガックリ来たが……もうなんだか、慣れてきた。ひとり「ネット輪廻転生」みたいなスパイラルの中で私は、これも人生かと半ば解脱の境地にいる。
 

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