遅ればせながら、黒川紀章さんのこと

安らかに

 銀座の場外馬券場「WINDS」、青山のベルコモンズ、宇宙的なイメージオブジェが印象的な、麹町・ワコールビル。個人的に一番驚いたのは、大学時代に毎日のように通り過ぎた高田馬場BIG BOX」……あれもこれも、みーんなキショウ・クロカワのデザインだったのですね。彼の死を受けて週刊文春、新潮ともにモノクロ・グラビアで彼の遺した数々の仕事を伝えていたが……その多さに改めて驚く。東京という街を通り過ぎるたびに、自分の巨大な「作品」が次々と現れてくる――本人はそれを見て、どういう気分だったのだろう。
 選挙戦に打って出たときから「重病説」を知り合いの編集者から聞いていたが、まさかこんなにフッと逝ってしまうとは。さすがに、驚く。なんで私は驚いているのだろう。
 最初に知ったのは、「女優・若尾文子の夫」という肩書のほうだった。それまで、私にとって「大女優の夫」というのは(ひどい言い方だが)釣り合いの取れないもの、というイメージだった。過去の人、というか裏方に徹している人、というか。しかしこちらは、違った。
 子供の頃、懐かしの「3時のあなた」だったろうか、この夫婦の姿を見たとき、2つ驚いた。ひとつには、若尾文子がメロメロになっているその姿に。それまでは気が強く、クールな大人の女というイメージだったその人が、まるっきり「好きで好きで……困っちゃうのよン」みたいなムードになっている! もう50近かったと思うが、その風情は完全に「むすめ」のそれ。うーん……歌舞伎の「伊達娘恋緋鹿子」じゃないが、吉三郎に惚れたお七はかくやというような、熱っぽいまなざしに私は、タマゲた。そしてそれを受ける黒川氏も(最近の姿しか知らない人は想像できないかもしれないが)非常にシャープ、まさに俊英というか、溌剌というか、颯爽というか……現在はあまり使われない形容詞がまさに似合った(というか最近はその手の風情を漂わす男が少ないのだけれど)。才に溺れている風でもなく、変に謙虚ぶる様でもないが、自信に満ち溢れていて、眩しい感じを受けた。あまり好きな言葉じゃないが、まさに「バリバリの」といった感じ。
 というか、大女優がここまで惚れる男、そして、大女優を嫁に迎えようという男、というだけで、私には「凄い人なんだなあ」と思わずにはおれない。金も地位も名誉もある男が、従順で家庭的な妻を向かえ、外ではヴァンプな女と遊興に耽るというのは、ありがちだ。出来る男の中でも、平均的というか、つまらない。だが、「大女優」という存在を奥さんにして、なおかつ骨抜きにしてしまうなんて……スケールが大きいなあ、凄い男がいるもんだなあと、幼き私は口をあんぐりしたことを、彼の訃報で思い出した。
 と、そんなことを考えていたら「羽野晶紀和泉元弥邸から引越し・離婚決定か」のニュースが流れる。若尾文子は家庭を大事にしようと思うあまり、仕事を大幅に減らし、50代からは年に舞台一本、ドラマ2本程度に出るのみになった。それはファンや芸能史的には損失かもしれないが、それだけの価値を若尾が夫に見出した、「人生」を賭けたということに他ならないだろう。同じように「人生」を賭けたもうひとりの女優が、家を出た。30代という女の、しかも羽野という、とてもいい個性をもった女優の「時期」を奪った和泉元弥、罪は重いなあ。


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