「点と線」雑感その1

シリーズ化してほしいなあ

松本清張原作「点と線」11月24、25日二日連続放映
公式HP http://www.tv-asahi.co.jp/tentosen/


 満足! 異論も多々あるでしょうが、総体的に上質で、骨格のしっかりしたドラマに仕上がっていたと私は思う。無駄のない、シンプルでストレートな演出。ちょっともったいないぐらいの、役者たちの使い方と、各々の抑えた演技。「10出来るところを3引く。そこに、余韻が生まれるんだ」これは小津安二郎の言葉ですが、そういった「やり過ぎないよさ」、これを久々に感じさせてくれるドラマだった。うーん、絶賛(各論はそうでもないのだけれど)。いろいろ思ったことを、今日明日とメモ列記してみたい。まず主演二人について長々と、たけしが今日で、克典は明日。

ビートたけし

 喋りの調子も、顔を不定期に「クシャ」とするクセも、独得の歩き方も、普段のままだ。「ビートたけし」という人のままだ。なのに、ひとりの刑事が出来上がっている。歴史のある、ひとりの人間が出来上がっている。
 この人の演技は、ちょっと小器用な、「達者」な役者の存在を全否定してしまうような凄さがある。演技術とは何なのか、そんなことを考え直させる「面白さ」に溢れている。もうこれだけで随分長いこと書けちゃいそうだが、私が一番感じたことだけ記しておきたい。
ビートたけしは、「鳥飼」というひとりの刑事の「こころ」に同調しよう、シンクロさせよう、ということにのみ専心したのだと思う。その「こころ」とは、「いきどおり」という感情に他ならない。言葉を換えれば、「義憤」。人を物のように利用し、殺す利己的な人間、狡猾な人間に対する許せない気持ち。それは刑事という職ゆえの怒りではなく、真心ある人間に生まれる、ナチュラルな怒り。そのマインドが一致すれば、おのずとディテールは満たされていく。不正というものに対して、ナチュラルに怒りの気持ちが湧き上がる人間とは、どういう生き方をしてきたのか。どういう哲学のある男か――。
 凡庸な俳優の多くは、枝葉末節から役の手がかりを摑んでいく。しかしビートたけしのそれは、大局をガッと掴んで全体を納得させてしまうような役づくりだ。そこが、この俳優の凄さだと思う。


○音楽(担当:坂田晃一
格調高くて、叙情的で。出しゃばり過ぎず、シーンごとにさりげなく寄り添うように情緒を盛り上げる。エライなあ、いいなあ。あ、でもまあ「これでもか」と「感動シーン」(と言われるところ)で「ひーとみーをとーじて〜」とか大音量でオブリガートするような扇情的な音楽が好きな人には物足りなかっただろうと思う。 
 長すぎる……続きは明日。


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