岩下志麻は鮫である

見事なまでに「姐さん」

 人間のようでいて、哺乳類に属さない人々というのは結構いるものです。特に「鮫」、これは人間にメタモルフォーゼした例が大変多い生物種ですね。歌舞伎町周辺に多く生息する「新宿鮫」などはその獰猛性がつとに知られ、大沢在昌さんのルポなどが非常に有名です。また最近では「政界の小判鮫」こと「小池百合子」さんがニュースを賑わせたことも記憶に新しいところ。やはり鮫だけあって、人間界の常識「石の上にも三年」なんて教訓は分かりゃしません。各政党を足早に渡り歩き、それぞれトップの心をジョーズのようにパクッとひと飲み。あの若さで大臣2回……多分鮫だけではなく何か「出世魚」もDNAに組み込まれているはずです。
 しかし新宿鮫も小判鮫も、共通する部分は「生き急いでいる」かのような「疾走感」、これに他なりません。前者は文字通り「鉄砲玉」と化すことも多いようですし、後者はたったひと月で大臣をお辞めになっちゃったり。もったいない……などといっても詮無いこと。なぜなら「鮫は止まったら死ぬ」のですから。そう、その性質を最も強く反映した鮫女優がいます。その人の名は、岩下志麻。間違いなく彼女は――鮫。
 1964年製作の『五辨の椿』という作品を契機に彼女は「人間→鮫」への変態を始めました(ちなみにこの作品の中で志麻は、不貞を働いた母を焼き殺し、父を殺した男を皆殺しに)。よく映画の本などでは「清純派から演技派へのきっかけとなった一本」などとありますが、嘘です。ただ単に「鮫チャクラが開いちゃった」だけなのです。溢れ出るパッション、役柄への自己投入が止まらない、止めたら死ぬ……そんなモードに入った志麻、70〜80年代の作品群を並べてみると、並外れた「疾走感」が理解できるのではないでしょうか。こんな異常なグルーヴをフィルモグラフィに生み出した女優もそうそういません。ちょっと並べてみましょう。


○『内輪の海』(71年)不倫に燃える妻、「ベッドシーンは必要があればいくらでも」と発言→○『影の爪』(72年)夫を轢き殺した夫婦の家に乗り込み、旦那を誘惑。妊娠中の妻をノイローゼにさせ流産、精神病院行きに○『卑弥呼』(74年)土方巽率いる現代舞踏団が踊りまくる中、白塗りの志麻が呻き叫び交霊する→○『桜の森の満開の下』(75年)「いろんな人たちの首が欲しい」そんなワガママを夫の山賊に言っては殺させて持って楽しむ→○『はなれ瞽女おりん』(77年)盲目の放浪芸人、昼は芸を、夜は春を売り全国を回る→○『鬼畜』(78年)妾の子を虐待、夫に殺害を強要→そして今回ご紹介する『悪霊島』に繋がりますが……読んでみて疲れませんでしたか皆さん。これは言っておきますが彼女の作品群の「ごく一部」です。


 最も志麻が肝油、じゃない脂がのってた頃の作品がこの『悪霊島』。彼女はこの作品の中で「気が触れた人」を演じます。クライマックスのシーンでは、まさに「水を得た魚」のごとくインセインな痴態の限りを尽くします。爛々と狂気に輝く瞳の素晴らしさ、私は日本の女優が「パラノイア」を演じたシーンの中で屈指の出来だと思っています。ミステリー映画としてはハッキリいって褒められた出来じゃありませんが、志麻の「眼」を観る、これだけで価値があり。獲物を狙う凶暴な目に、不吉なまでに白い肌……あ、志麻は「ホオジロザメ」だったのですね。
 この映画の後も鮫は止まりません。プライドが高いインテリの極致といった弁護士(『疑惑』)、連続殺人鬼のちに発狂(『この子の七つのお祝いに』)、近親相姦に耽る母(『魔の刻』)、そして極道・極道・極道……。今回は『悪霊島』DVD発売から、女優、岩下志麻の「1970〜2000間の爆走」について思いを馳せてみました。何のために。


(この文章は、2007年の「CDジャーナル」11月号の「ヒロポン映画劇場」に掲載されたものを加筆転載しました)


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