すさまじき青春――加藤和也 in 週刊文春

確かに笑顔が柔らかくなられて

 もう明日までしかおいてませんが、現在発売中の「週刊文春」の名物コーナー「家の履歴書」が面白い。面白いというと失礼だな、非常に興味深く読んだ。美空ひばりの養子である加藤和也の実に率直な、心の歴史が語られる。
 この人は常に、風吹きすさぶ山の突端を歩まされた人なのだ。「大多数」と呼ばれるなだらかで広い裾野から遥か向こう、「特殊」な人だけが歩む、エッジの部分。しかし、それは美空ひばりという「クライマーに」背負われてのことだった。気がつけば背負われて歩んだ、人影なき高き峰。しかしそれは同時に、彼自身も「何か」を背負いこんでいたのだ。
 その「クライマー」が地方公演でいない夜や、学校で、彼はどう過ごしていたのか。背負われて歩いたぶん、鍛えられていない足腰。吹き付ける世間という名の風。「ホームドラマ」を観る度、「嘘っぱち、こんな家族いるわけない」と思っていた子供時代。「貰われっ子」と呼ばれた少年時代。玉川学園では「一緒に遊ばせると悪影響がある」という父兄の直訴を受け、本当に集団下校から外されたという。そしてそれらの出来事は「ほんの、ほんの一部なんだろうな」と感じさせる、淡々とした口調。彼の言葉から見えてくる「青春」は、あまりにも荒涼として、すさまじい。
 そして、ひばり通夜のエピソード。たったふたことぐらいの回想だが、あまりにも切なく、死なれたほうが地獄だったのかもしれないとさえ思う。「僕の身内はみんな勝手に人生を駆け抜けていきました」サラッと述べられる、こんなコメント。なんども人間不信になったろうと思う。しかし、結婚がよほど彼に心の平穏をもたらしたようで、現在を語る口調は感謝に溢れて希望的。夫人と義理の両親(浜田光夫夫妻)への愛惜ぶりは、ヒトゴトながら……良かったねえ、大変だったねえ……と嬉しくなってしまう。今の幸せを語り、過去を振り返られる余裕と境地を、得られたのだなあ。また、ウェットに過ぎず、ペシミスティックにならない語り口調もよかった。それは、構成者である斉藤明美さんのまとめ方のうまさもあるだろう。玉三郎有吉佐和子の傑作「ふるあめりかに袖はぬらさじ」を演じた大歌舞伎・夜の部を書こうと思っていたのに長くなってしまった。それについては、また明日。


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