「ふるあめりかに袖はぬらさじ」

これは昔のポスター

 坂東玉三郎。10年前ぐらいに一度だけお会いしたことがあるが、うーん……私が人生で「ハラリ」と涙を流したのはこのときだけかもしれない。自然に涙が出て、自分でも驚いた。その涙はまあ……簡単にいうと「ありがたや、ありがたや」という涙だった。一時期、神様のように思ってみていた人だったので。テレビでやった泉鏡花の「日本橋」や八千代座の舞踊公演など、何度観たか知れない。その「神様熱」も、随分前に落ち着いてしまった……今は昔。
 さて、この演目。感想はこれです、ジャスト・シンプル。
「面白いから興味のある人は是非!」これだけ。いや本当に。手抜きじゃないってば。もうラクーに、玉三郎の芸に酔えばいいと思う。ただ、何に「興味」あるか、それが問題だ。
 一緒に行った編集・ナカガワさんが、こう言った。
「私、歌舞伎見るのはじめてなんです。でも、面白いですねえ」
 うん? うん。うーん……。「よかったねえ」とサラリと流せばいいんですが、これを観て「歌舞伎を観た」といっていいものだろうか。元々、新劇の杉村春子の持ち役だったこの芝居。それから新派の現・八重子が演じて、歌舞伎と新派を自由に行き来する玉三郎も演じて。さらには松竹新喜劇藤山直美も演じて。
 まあ別に、それは大きい問題じゃない。この戯曲の持つレンジの大きさ、役者に「演じてみたい」と思わせる主役の描かれ方の良さを物語るものだろう。
 ただ……ねえ。「面白いから、○○に興味のある人は是非!」の○○には何を入れたらいいのだろう。「玉三郎」だと、ちょっと違う。これはパブリック・イメージの玉三郎とは対極にあるような役なんだもの。綺麗で妖艶な玉三郎、というのを期待されちゃうと、ちょっと困る。
「歌舞伎」だったら尚更。元々新劇のために作られた喜劇だから、テンポも口調も推して知るべし。もしこれを「歌舞伎」と思っちゃった人が、「おもしろーい! 次も観よう!」とか思って「道明寺」なんかに当たっちゃったら悲惨この上ないし。(道明寺……多分「ギリシャ悲劇」とかを原語で聞いてるのと、初めてなら変わらないんじゃなかろうか)
 堅いこと言わなくていいじゃん、「面白い舞台に興味ある人なら、是非!」でいいでしょう。と、言われればそれまでだけど。そんなことを考えた舞台でした。


○追記
玉三郎様、「よっこいしょ」と庇われて立つのが痛々しく、心配。正座は平気なようだから、腰か? 通訳藤吉の獅童、この人はちょっと気弱だったり、内向的な役がとても合う。さらには七之助が今回のベスト・キャストだった。可憐で薄幸な亀遊、その運命をほぼ声と調子だけで表現してしまう凄さ。福助上村吉弥が唐人口の女郎という豪華版。そして岩亀楼主人が勘三郎という「ごちそう」。もうこれは自家薬籠中、玉三郎との掛け合いに歌舞伎座が笑いで揺れた。そして三津五郎の志士、セリフが劇場全体を引き締めて見事。豪華顔ぶれによる、いい12月のキリだった。
ポスター:http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/images/handbill/kabukiza200712b_handbill.jpg?html


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