「人間のくず」実話編

あなたのとなりにも

 総武線の車窓に光が差し込む。日を背にして座った肩の、ニットがじんわり暖かい。気持ちよくなって目をつぶる。うーん……1月とは思えない、いい天気。こんな些細なことで、幸せな気持ちに満たされる。おてんとさまは、ありがたい。うつらと舟をこぎそうになった途端、ドシンと隣に誰かが座った。お尻の大きなおじさんだった。変に、密着する部分が多い。随分着込んでいるのかな……急に日差しの暖かさが、うっとおしく思えてきた。
信濃町、ドアが閉まります」アナウンスがそう告げて、発車する。おじさんは、何かチラシを取り出した。

 何か旅行のチラシのようだった。
 なんだか見たくなくて、目をつぶった。
 おじさんの二の腕が、動いている。やたら動いている。接している部分から、察せられる。モゾモゾ、モゾモゾ、せわしない。目をあけて見たら、おじさん何かを一生懸命書いていた。筆圧の強い感じがが、なんだか……なんだか怖かった。
 見ちゃいけないなあ。本能的にそう思った。けれど、見たかった気持ちもあった。目が合ったら、怖いなと思いつつ、横目で見た。
「人間のくず」
 そう書いてあった。そしておじさんは一瞬こっちを横目で見て、鼻で、フンと笑った。血の気が引きそうになった瞬間、
千駄ヶ谷―」
アナウンスが響くと、おじさんは立ってドアへ向かった。一瞬停まって小声で彼は
「人間のくず」と、ボソッと言った。
自分自身に向かって言ったようにも、誰かへの呪詛とも聞こえた。


 彼の髪型も服装も、今では思い出せない。でも、ボールペンで書いていたはずなのに、まるで2Bの鉛筆で書いたような、あの太い文字、「くず」の「ず」、その点々が、強く押し付けられたように書かれた、その文字だけが、目に焼きついてしまった。
 一番つけてほしくないところに、無理やり大きな「ほくろ」をつけられたよう。そんな気分が、3日前から続いている。
 実話です。


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