「名曲伝説・ちあきなおみ第2弾」(テレビ東京系)

「紅」の字が似合う人

 この歌手の凄さは、テレビとまったく「勝負」してないところだ。昨日のテレビ東京系「たけしの誰でもピカソ」を観て、そう思った。感じ入った。
 「紅とんぼ」(あかとんぼ)という曲があるのだけれど、これ全編芝居仕立て。今日で店をたたむバーのママが主人公で、最後に集まった常連ひとりひとりに謝辞を述べていく。語りあり、歌い上げるサビあり、相当な演技力と歌唱力が要求される曲だろう。

 って、いっきなりクダけますが……この手の歌って「やったるわ……」「入り込みますよ魅せますよ」「さあ御覧なさい私の世界っ!」みたいな、歌手の自信・虚栄心・プライドをくすぐるタイプの曲だと思うわけですよ。虚栄、という言葉がキツく聞こえるかもしれない。ならば「俺は山に登る、なぜならそこに山があるから」みたいな、プロとしての「征服心」が刺激されるような「山」じゃないだろうか。
 ところが。ちあきなおみは、一切そういう気負いを歌唱中に見せない(もちろん根底にはプライドも自信も相当あるだろうが)。
演出なのか、それともちあきの気迫にクルーが動けなくなったのか分からないが、この演技中カメラは一切動かず、ちあきのアップをとらえたままなのだ。ラストでようやくロングになるが、多分4分ぐらいはアップ、それも顔だけを抜いた結構なアップだ。
 

これが……凄い。カメラを真っ向から見据えたその眼が、まーったく視聴者を、テレビの向こうを見ていない。「♪ケンさん、チーちゃん……」と語られる、常連一人ひとりの顔しか、ちあき演じるママの目には映っていないことが分かる。さらには常連達と、あんなこともあった、こんなこともあった、ということを思い出してるんだろうなー、ってとこまで感じさせる。
 一番凄いな、と思ったのが間奏部分。ようやくカメラから眼を離し、スッと下手(舞台用語で左のほう、ということ。ちあきにはこういう言葉がふさわしい)をに目をやるのだけど……そのとき、彼女に見えているであろうスナックの細々が私の目に浮かんできた! ビックリした!
 ゴルフ大会でもらった花瓶、張り込んで買ったバカラのペアグラス、クッションのしみ、メッキがはげた金のマイク……全部私の心に、ちあきの歌を通して浮かんできただ想像。そんな「These foolish things」が、彼女の眼に映っていたんだろうな。今日でサヨナラする店の歴史のあれこれを、目に焼きつけていたんだろうなあ。そういう情景がフッと本当に、瞬間心に浮かんだのだ。
 「そーんなバカな」と思うかもしれない。でも、「凄い演技」というのは、かくも細やかに、見るものと演じるものを結びつける。表現者と同体験し、同感覚を共有させるものだ。人間の「想像力」(この歌の情景ってこんなかしら)と「確信」(そう、そうよ、この店ならこんなものがあるはず、あたしの店……)が生み出す「表現力」(さっきのようなことを練りこんで歌いこんで一曲に仕上げる)というのは、恐ろしいほどに自在であり、テレパシーのように、見るものの心に届く。 そう、ちあきなおみという歌手はこの「テレパシー能力」に長けている。彼女が緻密に練り上げた歌のイメージを、聴衆に心にありありと浮かばせる能力がまず、優れているんだなあ。


 で、なんだか蛇足みたいになっちゃったけど、最初に「勝負しない凄さ」って書いたことについて。あはは、ようやく結論。いやー普通そこまでうまかったりすると「どうだ」ってなるわけでしょう。「おりゃーすごいだろう!」ってな歌手も嫌いじゃないけどさ。力でねじ伏せるような歌い方をする人、もう声が出るだけ歌い上げて見る者を圧倒するような歌手もいる。なんていうか「勝ち負け」みたいな歌、「勝ち組」っぽい歌い手ってのは、いるもんだ。
 だけどこの人は、歌の世界にポツンといるだけなんですね。それでいて視聴者と隔絶してるわけでもなく。エンターテイメントということも頭にありつつ、ひとり芝居。それでいてひとり芝居特有の「自分大好き」「ナルシズム」みたいなものとも無縁で。そこが、凄い。自分の世界をディテールまで見る側に想像させる表現力と、一切の押し付けがましさのなさ。このバランスが、ちあきなおみの卓抜した個性だと思う。


○蛇足1
余談もいいとこですが、この番組の進行をしてらした「江口ともみ」という人がヒジョーによかった。無駄なく、出すぎず、媚びもせず。プロ司会っていいよなあ。
○蛇足2
これこそ本当にどうでもいいですが……「紅とんぼ」の中で「歌ってよ、騒いでよ、シンちゃん♪」という歌詞があるんですね。それを聞くたび私は「絶対自分はここのジャンルに入れられるんだろうなあ……」と思ってしまう。閉店パーティでベロベロになって騒ぎまくる……過去にあったような……。


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