「いっぴきの虫」と市川崑

夫人・和田夏十さんと

 市川崑……愛されていたんだなあ。ブログをはじめとするネットはもちろん、あちこちで「追悼・市川崑」「ありがとう監督」というメッセージが見かけられて、改めてその人気ぶりに驚く。
 みんな、好きだったんだねえ。うーん……そうだよなあ、今の70代から30代ぐらいまで、各世代それぞれにヒット作のある監督って、ほかにはいないもんね。戦後の『ビルマの竪琴』から山口百恵の引退記念映画まで、多分みな「市川といえばあれ」という一本をお持ちだろう(ちなみにこの『古都』、なかなかの佳作。父親役の歌舞伎俳優・實川延若がとーーっとも素晴らしいんですよ)。
 本屋さんやビデオ屋さんでは特設コーナーが設けられているところも多い。NHKは昨夜、1999年に製作したドキュメント「映像日の巨匠 市川崑」を「市川崑さんを偲んで」と題して、再放送していた。

 これがまあ贅沢なつくりで、スタッフ・出演者たちへのインタビュー数が豊富かつ豪華この上ない。女優だけでも、浅野ゆう子岸恵子吉永小百合山本富士子岸田今日子草笛光子、ナレーションに浅丘ルリ子という、まさに綺羅星のごとく。
 しかし……内容は全然ダメだった。インタビュアーが無難に過ぎて、今まで聞いたことあるような話しか引き出せていないんだもの。ああ……勿体ない! 超有名映画雑誌の主幹らしいが、文字の人間が映像に出るとロクなことにならないという見本。もう岸田さんなんてお話伺えないんだもの。そうそう、船越英二(『野火』『私は2歳』←傑作!)さんのインタビューもあった。「とにかく毎日楽しい撮影だった」と語られていたのが印象的。


 さっき読み返していたのだけれど、女優の高峰秀子が1978年に出した対談集「いっぴきの虫」、これに収められた市川崑との対談が抜群に面白い。旧友が小料理屋でゴキゲンに語り合っている――まさにそんなムード。1983年に一度角川から復刻文庫化されている。古書店などでよく見かけるから、まだ手に入りにくい本ではないと思う。ちょっと中略を加えつつ、抜粋再現してみよう。私なりの、鋭角的追悼の気持ちも込めて。


高峰 崑ちゃんとは長いつきあいだけど。仕事のつきあいはなかったね。

市川 あら、この人はひどいウソをつく人だなァ、ボクの第一回作品は、あんたが主役だったじゃないの。
高峰 あんまり古いんで忘れちゃった……。わけのわからない映画だったね。
市川 いやいや、なかなかよかったよ。主役はどうだったかわからないけど。その次に『三百六十五夜』ってのもやったじゃない。
高峰 ああ、今“なつメロ”とかでやってるヤツ。
市川 他人事みたいにいいなさんなよ……。それ以来、ボクはもっぱら通俗映画、あんたは芸術のほうへいっちゃったから……。たまに“デコちゃんに”なんて思っても、そのころはあんたのギャラが高くって。
高峰 お互い様でしょ。
市川 それに脚本もどうとかこうとか、いろいろうるさいんだから
高峰 何いってんの、そんなことありませんよ。

 全編この調子で、マジトークもいいとこ(笑)。このあと、『東京オリンピック』問題の顛末、高峰秀子が援護射撃を新聞で行ったこと、その思いがたっぷり綴られゆく。関西弁を交えた市川監督の普段の言葉遣いがよーく表れていて、微笑ましい。人柄も本当によくにじみ出ている。ちょうど『火の鳥』の製作に入ったところだったよう。すべて、今は昔。
 監督、懐古趣味ではなく、その「昔」を大事なものとして、温故知新として、これからもあなたの作品を鑑賞してゆきます。あらためて市川崑さん、さようなら。


○追記1
 高峰秀子の文才はつとに有名ですが、この対談集はほんっとうに面白いですよ。市川監督以外に出てる人がまあ……ほぼ「日本の伝記・近代編」って感じ。東山魁夷有吉佐和子松下幸之助円地文子森繁久彌川口松太郎、谷崎松子、浜田庄司、林武、木村伊兵衛菊田一夫梅原龍三郎などなど。木村伊兵衛が「チャンチャラおかしい」という言い回しをしていたり、今となっては「偉人伝」みたいな人々の「そのとき」が感じられる一冊。


○追記2
モノクロのほうの『ビルマの竪琴』、これ主演って安井昌二だったんですね。今じゃすっかり新派俳優。というか新派の人だと思っていました。この人興味深い人で、奥さんが「小田切みき」なんですね。そう、黒澤明の『生きる』の人。末期がんの志村喬の生きる希望、躍動的な「生」のモチーフとなるあの女優。そして娘さんが「チャコちゃん」の四方晴美。なかなかに香ばしい一家。チャコちゃん今は何をしているのであろうか。


○追記3
「恵子ちゃん、これミスキャストなんやけど『細雪』の長女やってんか」
有名なエピソードです。岸恵子市川崑監督から電話でオファーを受けたそうですが
山本富士子さんがいいんじゃないの」
「お富士さんに断られたから頼んでんねん」
「ギャフン」
 というやりとりがあったそう。これに対し、先のドキュメントで山本富士子が「舞台の仕事があったから出られなかった。出来上がりを見て、本当に素晴らしい作品だったから、悔しい。今でも残念。舞台がなかったら出ていた」みたいな内容の発言をしていてビックリ! ちょっと違う趣の発言を聞いていたので。げに分からぬものは女優の本心……。


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