夢魔と宇宙人

パリのホテルから

 このところ、夢見が悪い。今日など私は、有り金すべてを「追いはぎ」に取られた。
まるで、ハリウッド映画みたいな、派手な追いはぎだった。ロープをくくり付けた男が、いきなりヘリコプターから現れる。私は後ろから抱えられて、すくい上げられた。まとまったギャラがバッグには入っている。2か月分の家賃と生活費が入っていた。それを簡単にもぎ取ったかと思うと、この運動神経のみじんもない私を、高い広告塔のてっぺんに置き去りにするのである。
 この夢はリアルだった。今でも思い出すと、手に汗が滲む。誰も地上の人は気がついてくれない。足場はわずか30センチもない幅のところに、私はジッとしがみついている。さだめし鬼のような形相というか、苦悶の表情を浮かべて寝ていたことだろう。
 どうも私は、けっこうな「寝言家」であるらしい。先のような状況だと、必ず「うわぁぁ」「駄目だ」「たすけて」などと、息も絶え絶えに声を漏らしているそうな。旅行に行った友人などが、何度も面白そうに、ときにウンザリした表情で、そんな報告をしてくる。


 以前私はパリに旅行中、いきなり友人に揺り起こされた。
「起きて、起きて」
 真剣な目で私を見ている。ちょっとしてのち、私は
「あ、すべて、夢だったんだ」
 そう理解した途端、思わず、すがりつくように友の肩を借りてしまった。力が抜けてホッとして、誰かにもたれかかりたかった。さっきまで私を支配していた恐怖が、すべて邯鄲(かんたん)であったのか、そう思えたことが、ただ嬉しかった。
 私は夢の中で、そのホテルの、その部屋で寝ていた。自分を客観的に見ているような感じだった。暗闇の中、ゆっくりと入り口のドアが開く。すると、人の形をしている、全体的に水色がかった「何か」が近づいてくる。顔も形もはっきりしない、「何か」――暗闇の中で水色、と分かるのも変なのだが、鈍く光るような人型のものが、段々私のベッドに近づいてくるのだ。
 おそらく悪夢、というのは共通してそうなのだろうが、そのとき私は一切の声が出せなかった。叫びたいのに、声帯がきゅうと詰まって、声にならない。古新聞をすてるビニールの紐、あれで全身をきつく縛られたかのように、体が動かない。友人はまったく気がつかず、眠りこけている。そして水色の人は、とうとう私に手をかけた。
 あのときの感触は、多分一生忘れられない。小さい頃、蛙を手のひらに乗せたことはないだろうか。ちょうど、あんな感じだった。ペッタリと密着するような感触で、まったく体温の感じられない、冷たい肌。水色ののっぺらな顔が鼻先に迫ったとき、急に目の前が開けた。


「さっきからずっと、ヒーッ、ヒーッ、ってうめき声を出して、汗かいて……ひきつけを起こしたのかと思った。かみ殺すような声で、こっちも怖いし」
 友人は何事かと心配して、のちに呆れていた。私は目にうすら涙を浮かべ、軽く震えていたという。
「寝ていても、迷惑な人だ」
 まったくだ。平謝りしつつ、私は光のありがたさを感じていた。朝の6時前、パリの空は薄雲りで、鈍い光がカーテンから差し込んでいる。明るさが、あんなに嬉しく思えたことはない。


 あの水色の人は、なんだったのだろう。ヨーロッパに巣食うという「夢魔」なのか……などと現実逃避に、オカルティズムに思いを馳せてみたくなるけれど。だが、ふと思う。あのとき私は、揺り起こされなかったら、どうなったのだろうか。ちなみに水色の人が手をかけたのは、私の首もとだった。


 こんなこともあった。
 夜ふけのこと。終電を逃した大学の友人が、うちに泊まって、並んで寝ていた。やおら、私が何か呟きだしたと、友人は言う。ことばのような、それでいて、よく聞き取れない何か。しばらくすると、おさまった。
 何分かしたのち、今度はスッと上半身を起こす私。寝付けなかった友人は、驚いて私を見ていた。そしてまたゴショゴショと、何か呟く私。二言三言ののち、またサッと体を伏せた。
 友人は気味が悪くなって
「篤司、ふざけているんだよね」と聞いた。私の返事は、なかったそうだ。
 そしてまた数分後、私はまた身を起こした。口を動かそうとした瞬間
「篤司、何やってんの。さっきから」
 友人は訪ねた。そうすると私は、目を閉じたまま友人のほうを向き
「こういうときは、話しかけちゃ、駄目だよ」
 そういって、また何か呟き、寝てしまったという。
 私は、宇宙人と交信でもしていたのだろうか。


○行状記録
昔のバイト先の後輩、青木(英)が無事、内定ゲット。世も末だ。お祝いで神泉のモツ焼き「三百屋」へ。安くておいしくて、嬉しいお店。お肉がおいしいのはもちろん、お通しのキャベツの千切りとドレッシングが食わせる。いいねえ。たらふく食べて、その後は渋谷「BOSSA」に移動。はじめて飲んだ「Guy de Saint-Flavy」というシャンパンが爽やかで美味しいが、なんとも簡素なエチケットだなあ。
 



○お知らせ
ブログランキングに登録。 どうか1日1クリック↓を。
http://blog.with2.net/link.php?198815
ご意見などはこちら→hakuoatsushi@yahoo.co.jp