鰻屋のメロン

これは「尾花」の鰻

 浅草寺から3分ほど、とある鰻屋さんでのこと。その店に入るなり、賑やかな笑い声が聞こえる。なんの集まりだろうか、10人ほど、それも男ばかりの小さな宴が催されていた。
 みな頭はすっかり白髪、またはあと何本かと数えられるほどのご年配。みな相好を崩し、楽しそうだった。胸襟を開く、という言葉が思い出される。いかにも学生時代からのつきあいといった風情で、談笑する姿に青年時代の面影がよみがえるようだった。こういった酒の席は、見ていても気持ちのいいものだ。なんとはなしに、お話を聞いていた。
 そのうちの一人の方が、スッと席を立たれ、
「所用があるので、お先に失礼」
 そういって会釈をされ、「また会おう」と言葉を交わしている。店の玄関に向かい、今まさに出んとしたそのとき。ひとりの仲居さんが、パタパタと草履を鳴らして追いかけてくる。
「お客様!」
 ちょっと赤ら顔のその人が振り返る。
「まだコースのデザートがあるんですよ、すぐお持ちしますから、どうぞお席へ」
 とても急いた口調だった。いや、いいんだよ、時間がないからね、と答え、その人は背を向ける。その途端、
「でも……メロンですよぅ!」
「ですよ」ではなく、「ですよぅ」。このひとことが、よかった。すこし子供っぽい語尾の「ぅ」に、彼女のメロンに対する思いのすべてが込められているようだった。紳士は笑って、いいんだよと去っていく。なんてまあもったいないことを……そういいたいのが、ありありと分かる顔で、仲居さんは見送っていた。ひたいの皺をさらに深くして、いかにも無念そうな表情――眉間がグッと寄っていた。失礼とは思いながら、笑ってしまった。
 そのあと、出されていたのは確かに立派なマスクメロンだった。みるからに美味しそうに熟していて、あれだけ勧めるのももっとも、という感じだった。
 ひとつ余ったメロンは、その後どうなったのだろう。


○行状記
久しぶりに横浜へ。野毛〜伊勢崎町を3時間ほど歩きまわる。すばらしき昭和の濃厚な香り……伊勢崎町……明日ネタにします。夜は横浜在住のヨウホを呼び出し、居酒屋「すきずき」へ。ここは本当に安くていい魚を入れる。
 これでハマグリ500円!

○お知らせ
ブログランキングに登録。 どうか1日1クリック↓を。
http://blog.with2.net/link.php?198815
ご意見などはこちら→hakuoatsushi@yahoo.co.jp