『次郎長三国志』

9月20日公開

 9月公開のマキノ雅彦こと、津川雅彦監督作品。よくもわるくもテレビ的、映画的カタルシスに欠けるのが残念。テレビドラマを一気に4話ぐらい見た、という視後感。しかし個々の俳優演技、これはよかった。映画、それも津川雅彦らしい人脈を感じさせる贅沢な俳優陣の演技、堪能しました。特に最初「ミスキャストでは!?」と思った主演、清水の次郎長中井貴一、その女房・鈴木京香が出色の出来。今日はそのキャスト雑感を。

中井貴一
 日本の時代劇を牽引していくのはこの人と東山紀之だと思う。かつての大河ドラマ武田信玄」でも巧いなあと思ったが、芝居に座長役者らしい丸みと余裕が出てきた。
 時代劇のセリフというのは、ある種の音楽性がないとこなせないものだ。七・五調の文句、歌舞伎でいうところの「渡りゼリフ」(「三人吉三」の「月も朧に白魚の〜こいつぁ春から縁起がいいわい」とか、そーいうやつ)、あのへんのリズムが体に入ってないと、どーにも味が出ないもの。作中、まったくその手の時代がかったセリフがなくとも、それが出来てないと不思議と画面に「コク」が出ないんですね。昨今の時代劇って、例えるなら「京料理を全部フランス産の食材・水・調味料で作った」ような物が多い。そんな中、中井貴一のセリフは素敵に和風で耳に快く、殺陣も非常に立派だった。


鈴木京香
 死に際、次郎長一家全員に別れを述べるシーンが出色! 長いんですよ、多いんですよ次郎長一家。息も絶え絶え、寝たままの姿勢で、長丁場を持たせたそのセリフ術。見事としかいいようがない。ひとりひとりに「嫁を見つけてあげられなかったねえ、ごめんねぇ……」「あたしが死んだら、お経を上げてくださいねぇ……」と最後の思いを告げる。次郎長一家の大女将としての気持ち、優しさがこもっていた。なおかつ全体的なトーンを平坦にせず、「耳飽き」しないような抑揚、変化をつけたその力量。私はこの女優で、新派の名作を観たい。


次郎長一家
岸部一徳(大政)、声の素晴らしさ。深くて艶があって、最高級のコーヒー豆のよう。肚(はら)の据わった声だ。北村一輝(小政)、ナイスキャスティング。この人、テレビだとはみ出してしまうタイプの個性の持ち主。それが映画、それも時代劇の遊び人というところにハマった。笹野高史(大五郎)、ソツはないが、どーにも頭が良さそうに見えるのが邪魔。ボビー・オゴロンが日本人だったらやらせてみたい。いい加減勝手なこといってますね私。温水洋一(石松)、文句なし。高岡早紀(投げ櫛お仲)、ヒジョーに色っぽい入浴シーンがある。津川監督、こめかみに青筋3本は撮影中立てていただろうという気合いがマジマジと伝わってくる。そこになんと裸の北村一輝が後ろからやってくる。ひええええ……この濃厚にして濃密なニュアンス、忘れ難いものが。いや……そんな際どいことなんもないんですけど……しかし一瞬、奇作『北斎漫画』の「タコまみれ田中裕子」のような淫靡さが漂った。高岡、つぼ振り、という侠客的婀娜(あだ)っぽさがもう少し出れば。


真由子(鶴吉女房)、知らなかった……こんなに上手な方だったとは! 男勝りでケンカっぱやい下町の女をしっかりと手に入れている。なんとなく、ごめんなさい、と心の中で思ってしまった。そのほか、ほぼ1シーンだけの出演だが印象的だったのが、長門裕之いしのようことよた真帆の各氏。とよた……本当に上手だと思う。影のある役はピカイチだ。そして何より、淫乱な女を演じた荻野目慶子に最優秀助演賞を。この方、さすが突き抜けてますね。淫乱な商家の女房という役なんですが……津川監督が「あ、あの慶子ちゃん、そ、そこまでやらなくていいよ」と一瞬ビビったんじゃないかという突き抜けっぷり。最近テレビ版「阿修羅のごとく」で、その少女時代の演技力の凄さを確認したばっかりだったが……いやー女優。この人を主にもっと活かせる企画が、欲しい。


○行状記録
アクアビクス、ものすごい手抜き先生でブチ切れそうに。その後新橋の「ひでや」でKさんと会食。土曜の新橋は人が少なく、平日と全く違う顔で面白い。いつも行くたび思うが、どのへんに置屋やら待合やらあったのだろう。覚えてらっしゃる方と歩いてみたい。冗談抜きでぼやぼやしてると、誰もいなくなってしまう。


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○お知らせ
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