メンチカツとオリンピック

写真はイメージです

「メンチカツ、2000個完売!」
 テレビから、そんな威勢のいい声が聞こえてくる。随分と景気のいい話だなと思えば、オリンピックで金メダルを取った選手の実家という。知らなかったが、精肉店でいらしたようだ。閉店を待たずに、すべて売り切れたとのこと。
 古くからあるゲンかつぎ、「カツ=勝つ」と、メダリストご本人が好物と公言されていたのが、相乗効果となったのか。これがもし受験シーズンだったら、何千個売れただろう。

 そんなことを思いながら、近所へ買い物に出かけた。時折コロッケを買う、肉屋の前を通りかかった。暑くてとても揚げ物なんて気にならなかったが、ちょっとした悪戯ごころが湧いてしまった。気がつけば私は、メンチカツひとつ下さいと、奥に声をかけていた。
「はいはい、あら、ちょうど今揚がったところよ」
 おかみさんは、女優の永島暎子にちょっと似ている。あんな朗々とした声ではないけれど、カラッとした笑顔に面影がフッと重なる。長い菜箸の扱いがとっても上手な人だ。メンチカツは揚がり立てというだけあって、茶色い袋にありありと油染みを作っている。さりげなく私は、訊いた。
「あのさ、一日にメンチって何個ぐらい作るもの?」
 金メダリストの恩恵というのは、何個ぐらいだったのだろう。それが、私はどうしても知りたくなってしまった。それには比べる基準が必要だ。普通のお肉屋さんというのは、一日に何個ぐらいメンチをこねるものなのか。
「そりゃあ、日によってまちまちよ」
 忙しいのよこっちはという感じで、永島暎子は取り合ってくれない。何か揚げ物をしているようだ。しかし私は、粘った。暑い日と涼しいでは違うだろうしねえ、などといいつつ、他にも何か買うような素振りをしながら、100個ぐらい作るんですか、と軽く尋ねた。
「いやもっと……そうねえ、200ぐらいかな」
 なるほど。金メダリストは、その10倍もの恩恵を実家にもたらしたのか。やはり世界一、すごいものだ……などと納得しつつ、そうなんですか、大変ですねえと言葉を濁し、私は店を後にしようとした。自分の好奇心を満たそうとばかりに、あれこれ訊いた後ろめたい気もあって、早く去らんと思っていれば、ピシャッと呼び止められた。
「あらちょっと。今日はコロッケ、いいの?」
 おかみさんは、ニッコリと笑っていた。
「今揚がったばかりよ?」
 私はどうにも抗えず、ツルリと口から、いただきますという返事を出してしまった。おかみさんはさらに
「いくつ?」
 私はいつも、ひとつしか買わない。いくつと訊かれたのは初めてだ。私は、ふたつと答えてしまった。おかみさんは、私の下心を見抜いていたのかもしれない。コロッケひとつは、取材料といったところか。
「毎度どうもー」
 さっぱりとした口調でお愛想をいうと、ササッと奥に引っ込んでしまった。
 永島暎子が、そのときは沢田雅美に見えた。


○記録
三越歌舞伎に関してちょっとお手伝い。今日から3日間、スポーツクラブが短縮営業、プールが休み。納得がいかない。どーにも夏らしいことを何にもしていないことに軽ーく忸怩たる思いになり、チャリで目黒区民プールへ。随分古いプールだが、50メートルの屋外があるのだ。200円。私が大学生の頃から変わっていない。600メートル泳いで、古い言葉でいうところの「こうらぼし」をして帰宅。麦茶がおいしい。


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○お知らせ
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