必見! 『そして、私たちは愛に帰る』

原題『The Edge of Heaven』

「大人のドラマがない」
 そんな嘆きを、日頃感じられていないだろうか。洒落たコメディやロマンスも、確かにいい。けれどその昔、夜を徹して名作を読破したときに感じたような、心震えるドラマに触れたい――そう願う方に、是非お薦めしたい。
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そして、私たちは愛に帰る
(銀座シネスイッチほかにて公開中 公式HPこちら。)


 最初に、まずお願い。
 どうか、怯まないでほしい。本作の要素は、多分「重く・固く」聞こえてしまうと思う。それだけで見るのが「億劫!」となる人もいるかもしれない。けれど、それだけで引き返すには余りに惜しい作品だ。ページ数の多さから、文芸名作に手を出せずにいる人が多い……というのと同じ「もったいなさ」というか。

 はじめに描かれるのは、ドイツにおけるトルコ移民の姿。
 売春をして仕送りをするトルコ人の母、彼女を買う好色な老人もまたトルコ人。そんな彼の息子は父を恥じて心を開けず、売春婦の娘は政治ゲリラ活動で…………ああ、やっぱり「なんかコムズカシそうだな」と思われるちゃうかもしれない。でも、ここで読むのをやめないで。あの美しく感動的なラストシーンに、どうか出逢ってほしい。


 決して遠い国の問題を描いた話じゃない。
 この作品は、確かに民族や宗教の違いから起こる「アクシデント」を軸として話が進む。しかし、本質的に描かれているのは、人が生き、人を愛し、老いて、死んでいくという「いとなみ」だ。
 さらに、人が人を葬(おく)るときに感じる無念さや後悔。死によってしか感じることの出来ない「生」というもの。つい先程まで「普通に」感じられていた「生きる」ということ。そこを、真っ直ぐに見つめ、フィルムに焼き付けている。この「いとなみ」は、私達の言葉でいうならば、「もののあはれ」ということに他ならない。
 三組の親子、そして一組の恋人同士。彼らの愛と絆、国境を越えたドラマティックな感情の揺れを、非情に淡々とした視線で描いていく。観るうち私は、小津安二郎の世界観を見るような気持ちになった。「無常」ということ。ドイツとトルコの役者達が表現した言葉に出来ぬ親子の情愛、必定の別れの思いを観るうち、その馴染みの薄い顔が小津映画の笠智衆原節子の表情にかぶってきた。我々の隣人のように思えてならなかった。
 主人公のひとり、大学教授の青年が心の平静を葛藤の末に獲得し、海にたたずむラストシーン。それは名作『東京物語』の寺の朝ように静謐で、美しかった。傑作!


主婦の友社「ゆうゆう」1月号に掲載されたものを加筆訂正しました)


○追記

あのハンナ・シグラが出ている!
いや……いきなり下世話なことですが、その変貌ぶりに正直最初は驚いてしまった。だってさー好きだったんですよ『マリア・ブラウンの結婚』に『リリー・マルレーン』、あとヴェンダースの『まわり道』(個人的にヴェンダースで一番好き)とか。あの物憂げで、人生をすべて見通しているような神秘的な雰囲気、カッコよかったなあ……と、せんない「いちびり」を一瞬思いましたが、さすがの存在感と演技力は健在。張り詰めたような哀しみ、虚無といったものを無言のうちに表現していた。素晴らしかった。

一番美しかった頃のハンナ・シグラ


○情報
去年のカンヌ映画祭、最優秀脚本賞受賞作。監督のファティ・アキンは35歳という若さながら、『愛より強く』という作品で2004年度のベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)を受賞している俊英。


7日また更新しました・こちらもよろしく→「私の渡世・食・日記

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