玉山鉄二の名演が光るドラマ『帽子』
今日の16時に再放送されたドラマ『帽子』が、よかった。
テレビドラマで、こんなに切ない気持ちになったのは久しぶりだ。エンディング・ロールを、かみしめるように見つめたのはいつ以来だろう。去年8月の本放送を見逃していたのだけれど、観れて、よかった。
亡くなられた緒形拳さんが主演だから、ということが切なさの原因ではない。ドラマ自体の持つ味わいに、私は引き込まれた。
ドラマティックなのである。
広島の呉市に住む帽子屋、春平(緒形)。彼の幼なじみ・世津(田中裕子)は、胎内被曝(母親のお腹にいるときに被爆)していた。強い絆で結ばれている二人だったが、とあることで音信不通に。それが、お店の警備担当の男・吾朗(玉山鉄二)の母であることを知る春平。
「でも、あの人は俺を捨てて出て行ったんです。そして今、ガンの末期らしい」
世津に会わんと上京する春平は、会いたくないと拒む吾朗を強引に連れていく……。
原爆、幼なじみの別れ、親子の別れ、何十年ぶりの再会、末期ガン。ドラマティックで壮大なテーマが、実に淡々と、飾らずに描かれていく。
それが、効く。大袈裟な音楽も、せわしないカメラワークも映像効果もない。「なんで俺を捨てたんだよォ!」「愛していた!」絶叫も嗚咽もない。
それで心に染み入るというのは、きちんと「役」が「人」になって生きている証拠だ。何十年と積み上げてきた人間の歴史を役者が作り上げている。だから、カメラはただ映せばいい。
緒形拳にいまさら賞賛は不要だろう。私は、玉山鉄二という俳優に驚かされた。彼の演技に引き込まれた!
離婚した母親が僕を連れて行ってくれなかった、という思いに囚われた男の役。その暗い陰が端正な容貌とあいまって、なんとも見事なニュアンスのある表情演技を生み出していた。舞台は夏。暑い呉の風景の中、彼だけが冬のように暗い。それがラスト、母との再会によって小さな光明がもたらされる。心の雪がとけ始めているかのような、初めて見せる微笑の感動的だったこと。
それを受けてニッコリ笑う緒形さん。このひとはもういないのだな。そう思った。
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