「スタジオパーク」にみる藤村志保の涙

藤村志保

 2日のNHK「スタジオパーク」が忘れ難い。
 ゲストは、朝の連続テレビ小説『だんだん』に出演中の藤村志保さん。まずVTRで、彼女がすべての収録を終えたときの模様が流された。
「今回ほど、みなさまにお礼を申し上げたいというか……」
 口を開いた途端、藤村さんは言葉を詰まらせた。こみ上げるものが、余りに多いように見えた。伏し目がちで、今にも涙があふれんばかり。片手には花束、もう片手で持ったマイクが震えている。まるで、新人女優の初のクランク・アップのごとき風情に、私は驚いてしまった。


「セリフがなかなか……膨大なセリフがね、他の方のようにあったわけではないんですが……いえ、あるシーンもありましたけども。なんというか……セリフが覚えづらい、みたいなことがあったり。一生懸命やってはいるんですけれども、なんか、フッとすぐ忘れてしまうとか、ね。身の回りのことでも、すぐに出来なかったり……」

 率直に、そして淡々と、藤村さんはその後インタビューで語っていらした。女優、それも大女優が、こんなにストレートに、しかもテレビという場で「老い」を告白することは珍しい。


○ ドラマ『だんだん』は9ヶ月に及ぶ撮影だったという。京都と東京を行き来する日々。藤村さんは今はなき大映育ち、時代劇に多く出演していらした。デビューの頃から、京都通いは日常茶飯事だったろう。
 それが、はじめて東京との往復に疲労を感じてしまった。他にも、今までは苦に思わなかったことが、しんどく思われたことが一度ならずあったという。
「こんなはずじゃ……」
 自分の身が昨日までの自分と違う。思うように体が動かないショック。ましてやプロ意識の強そうな藤村さんは何よりも思ったはずだ。
「最後まで出来るのだろうか、納得のいく出来をキープ出来るのか」
 仕事を一旦引き受けてからこの手の不安にかられる恐ろしさは、並大抵のものではないだろう。


 その間に、どんな逡巡があったかはうかがい知るよしもない。けれど、藤村さんは『だんだん』をやり終えた。
 緊張から解き放たれたときの思いとは。
 これは私の想像なんだけれども……クランク・アップのときの藤村さんは、なにか、おおきなものに対する感謝からの涙を流されていたのではないだろうか。
 やりおおせた、ということに対する様々な感謝の念。鍛錬と切磋も人一倍なさっていたと思う。けれど、すがるような気持ちもあったんじゃないだろうか。一流の人ほど、「おかげさま」という気持ちが強いものだ。いろんなものが、一度に去来して、それこそ胸がいっぱいだったのかもしれない。
 強く自分を律し、高みをゆくものがふと、ひとつの到達点で流す涙。感涙というもの。私は、先のVTRでの藤村さんの表情に、強く心を打たれた。
 女・笠智衆じゃないけれど、もう「そこに在るだけでいい」という境地にある女優さんだと思う。もっともっと、藤村さんのドラマが観たい。


○蛇足
 そうそう、このことも書きとめておきたい。藤村さんのですね、語り口がいーーーんですよ。一語一語、丁寧に言葉を選んでお話になる。ゆえに、すこしレスポンスが遅くなっちゃうときもあるんですね。
 私は「トーク番組」で、「無音」を聞いたのは久しぶりだった。自分の気持ちを正確に表さんとするあまり、言葉を心の奥深くから見つけ出そうとする藤村さん。さすがの大女優に、NHKきってのやり手インタビュアー・武内陶子アナウンサーも合いの手を入れるべきか待つべきか、少し躊躇されたんですね(こんなことは珍しい。彼女はNHK的雰囲気を保ちつつ、“茶々を入れる”、“はしゃぐ”ということを日々研鑽しているように見える)。
 その無音の間が、いかにも藤村さんらしくて好ましかった。


○蛇足の蛇足
以前、武内陶子アナをネタにしたときの回もよかったら→こちら


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