魅惑の「プチ自慢」

荒木経惟

「女のほまれ」
 好きな言葉なんです。ええ、何を突然言い出してるんだとお思いでしょう。いや、先日ひっさしぶりに、こんな古めかしく仰々しい言葉を思わず使ってしまったもんですから。今日はそんなお話を。


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 友人の女の子・Aちゃん(飲食店オーナー・30代半ば)と話をしていたときのこと。
彼女は、いわゆる雰囲気のある美人なんですね。不思議な陰があるというか、暗いエロスのある人。山口百恵的ニュアンス、といえばイメージわくだろうか。
「そーいえばAちゃんって、アラーキーが好きそうな顔だねえ」
 フトそう思いついていってみると、
「モデルになってほしいって頼まれたことあるんだよね。しかも、3度も」
 と、こともなげに言うではないか! 
 私は思わずノケぞりました。さらに続ける彼女。
「なんとなく気が進まなくて、断ったんだけどね」
 3回ってのが、凄い。天下の荒木経惟三顧の礼を尽くさせた女。しかもそれを固辞した女。ある意味、孔明より上だ。なーんてカッコいいんだろう、と思わず先のセリフ、「女のほまれ!」が口をついて出てしまったわけなんです。その道の「剛の者」、という気がする。どんな道だ。


○プチ自慢の私的定義

 なんていうか……すごくほどよい、「プチ自慢」だと思う。ものすごい内容なんだけれど、不思議に、軽く聞こえる面白さ。あまりのスケールに、ちょっと都市伝説めいて聞こえるのもプラスだ。 自慢、というのは聞いていてイヤなものだが、私の思う「プチ自慢」というのは、聞き手が楽しくなっちゃうような、ニンマリしちゃうような、娯楽性を伴うものだ。


1:本人は自慢する気はサラサラない
2:結果的に、それでさほど得をしているわけではない
3:しかし、興味のある人からしたら垂涎の出来事
4:時の運、めぐり合わせの妙のレア度の高さ


○余談2つ・アランとエヴァ


 このうちのどれか3つぐらいが合致してはじめて、「いいプチ自慢」なると思う。
 昭和38年にアラン・ドロンが初来日したとき、何人もの美女(なかには美男も)が「アランと寝た・誘われた」という「勲章」を手に入れたそうな。新宿のゴールデン街や二丁目で飲んでいると、その道ウン十年というママ(これも男女含めて)からそんな伝説を聞くことがあるが、「アラーキーに3度モデルに乞われ、断った女」というのも、ドロン勲章に近いニュアンスを感じてしまう。


(すっごい若い頃のアラン・ドロン。後年はあのお決まりの眉間にしわを寄せたポートレートばかりになってしまう。こんなアメリカ人みたいな表情しているものは結構なレア)


(さらに思いっきり余談になるが、その昔ハリウッドの伝説的大スター、エヴァ・ガードナーが来日したときのゴシップで、ホテルのボーイがチェックアウトした彼女の部屋から、あの……そのォ、いわゆるお守りなんかにされる下のケを発見、家宝にしただか売っただか、という記事を古い雑誌で読んだことがある。ほぼ創作だと思うが、ちょっと「あり」そうで、おかしい)


エヴァ・ガードナー。こういう「つば広」の帽子、私はひそかに大女優帽子と呼んでいるが、これが似合うかギャグになっちゃうかで、女優の格が出る。こーいう個性の、アクの強いアイテムや服に着られちゃわない女優が今は本当にいない。アンジェリカ・ヒューストンぐらいしか思いつかない。なんかベクトルが違う気もするが)


○素晴らしき「プチ自慢の数々」


 閑話休題! 
 しかしあれですね、これが篠山紀信だと隠微な(淫靡にあらず)ニュアンスがガーッと下がる気がする。篠山センセイ、一度でも断ったらすごく怒りそうだし。レスリー・キーなんて論外(私は、どうして皆がホイホイあの人の被写体になるのかサーッパリ分からない。人に対する興味のベクトルが素直すぎて、ヒネりがなさすぎでつまらない)。海外大物だと眉唾感が強すぎるし。やはり「アラーキーに3回」という「程良さ」にシビれてしまう。



 ああ、悔しい。こんな絶妙の「プチ自慢」のひとつやふたつ、私も持っていたいもんだ。と、自らの器の小ささも省みず好き勝手書いてますが……そうそう、我が敬愛のコラムニスト、中野翠さんは
キース・へリングに手帖にラクガキしてもらった」
 ことがあるのだそう。私はこれを知ったときまだ高校生だったが、本気で羨ましくて、もだえた。幸運にもNYに高校2年のときに行く機会を得たのだけれど、一日中ウロウロしても勿論誰にも会えなかった。
 そうだ、世の中には
「財布を持たずタクシーに乗り込んでしまった美空ひばりに、料金代わりと『リンゴ追分』をひとくさりアカペラで歌ってもらったタクシー運転手」
 こんな人がいるのですよ。これは、ひばり本人がいってるのだから間違いない。
 このふたつが逸話としてのプチ自慢界の双璧といっていいだろう。どんな界よ。と、今日はそんな魅惑のプチ自慢小咄でした。みなさんも、素敵なプチ自慢ご存知でしたら教えて下さい。




○付記

神泉のスーパーにて。
すごい右ならえ。マスク特需でホクホクな会社もあるのだろうなあ。




独酌するなら一度はおいでこちらもよろしく→「白央篤司の独酌日記

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