食の美書――『美味は別腹』 

名著!

 活字でヨダレが出たのは久しぶり。


 タイトルだけ見ると単純なグルメ本みたいだが、さにあらず。
 早速紹介したい。この本の素晴らしい点は、まず3つ。


1:おいしそうだなあ、食べてみたいなあ、
 そう思わせて、
2:食というのは文化だなあ、すごいなあ、
 ひと皿の向こうにある歴史をも感じさせ、なおかつ
3:エッセイとしての妙味も堪能させる


 歌舞伎に「兼ねる役者」って言葉があるんですね。二枚目や悪役など、ひとつの役柄だけでなく、広く厚い芸域を備える役者を指す言葉。
 まさに重金敦之さんは、「兼ねる書き手」だ。なーどと仰々しく褒めちゃうと、コムズかしい本と思われるかもしれない。さにあらず。一番肝心なポイントがですが、
4:それがすべて、さりげない
 これですねー。実に読み口の軽く、楽しい食エッセイでありながら、深い。そういう本です。




 朝日新聞編集委員からフリーの食ジャーナリストになられた重金敦之さん。彼が描く食の四季、月ごとの日本の「旬」が、まず語られる。


○食の文化史としての側面 ―現在と過去を見据える眼―


 重金さんは1939年生まれ。昭和でいえば14年。食の「旬」、そして日本の食卓が、ドラスティックに変化した世代だと思う。
 彼が体験してきた過去、そして今。それぞれの食の旬と、食卓の風景が交差して描かれるる。折々、向田邦子沢村貞子といった名エッセイストの切り取った「食の昭和」を引用されているんですね。そういう昭和の食の名文を枕にしていることが多いんだが、重金さん自身の文章もサラッとした名随筆だ。
 ノスタルジックな愉しさも感じさせつつ、そこだけに埋没しない知性。現在との比較論になる面白さ。


○うまいもの好きのアイディアに脱帽!


 もう直球にね、うまそうなものが出てくる楽しさですよ。なんといっても、重金さんオリジナルのレシピがいい。これだけで食に対する慧眼のほどが伺えるというもの
 「カキのミルクしゃぶしゃぶ」、「うなぎの白焼きの赤ワイン煮込み」にも惹かれたが、ちょっと一番手の込んでいるものを引いてみよう。


「蒸したアンキモに卵黄と生クリームを加え、ブレンダーにかける。フライパンにニンニク、赤唐辛子、とタマネギのみじん切りをオリーブオイルで炒め、ブレンダーのアンキモを入れて熱する。固ければ、牛乳とパスタの茹で汁で調節する。味付けは塩。トマトピューレと香りづけにアニスから作った酒、フランスのぺルノーギリシャのウゾを少々使えば申し分ない。平たいフェトチーネか穴の開いたブガティーニが私の好みだが、ショートパスタでもいい」


 ああ、食べてみたい……。


 ほんっとにいろんなことをご存知だ。それが自慢気にならないところに、育ちのよさと人徳を感じる。見習いたいものです。


○食への見識の深さ


 月ごとに語られる食の旬。穴子だったり筍だったり、オムライスなんて月もある。それぞれが、素材や料理の奥深さ、歴史などを端的に語ってあますところがない。
 あくまで、「私はこう思う」というスタンスを外さない。だから、押し付けがましくない。けれど、文章の後ろにある経験値の深さが、説得力を生む。その行間に、長い歳月を捧げた、食べ歩きと考察と推敲の時間が感じられる。


「アナゴを主にして懐石に仕立てた高級店が東京の四谷にあるが、あまり上品に持ち上げるとアナゴが恥ずかしがる。かといって直前まで生きていたプリプリの切り身を七輪で焼く『おどり焼き』を売り物にしている店となると品格を欠く」
 こういう文章は、知識ではなく、見識がなければ書けない。


 『週刊朝日』の編集者だったころに、多くの小説家を担当されたという重金さん。小説家と食の様々なエピソードも本著の美しい魅力だ。池波正太郎小島政二郎といった食では「おなじみ」の面々から、吉田修一まで出てくる。彼の少年期の思い出か、田河水泡や、はたまた『おそ松くん』まで! そうそう、海外のお話も豊富で、こちらの審美眼のほども日本のそれと変わらない。
 
 長々言葉を連ねたけれど、シンプルに面白い本です。どこから読んでもいいので、もう何度も読み返している。



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