『十二夜』感想 〜尾上菊之助・賛!

 歌舞伎の人ってやっぱり、「チャリ」が好きですねえ……。
 うん、私の感想はこれに尽きてしまう。
 この芝居をやれ「シェークスピアと歌舞伎の見事な融合」とか、「蜷川幸雄の演出が現代的ないのちを歌舞伎とシェークスピアに……」なーんて考えるのは、野暮の骨頂。
 「ちょっと本気な俳優祭」、そういった趣きだ。


 いや、楽しかったんですよ。腹抱えて笑っちゃったもの。各俳優の芝居、堪能させていただきました。楽しませていただきました。しかし同時に、寒々しくもなっちゃったんですね。
「一から役を作りなさい」と手放されたときの、歌舞伎俳優の限界が見えたような気がした。いわゆる歌舞伎用語で「おふざけ」を指す「チャリ」の範囲を、各人超えていない。
 この『十二夜』は、喜劇芝居とは呼べない。
 真剣に役を突き詰めて掘り下げる、という作業の感じられない芝居。「ああ、これは歌舞伎でいえば『頼朝の死』の頼家かな」「ここは悪婆で」みたいな感じに、イージーに既存の「歌舞伎のお役」のあれこれを持ってきて、場ごとの芝居にあてはめてるような印象を受ける。


 みんなそりゃあ「芸」は、ある。だから、場は持たせられちゃう。でも、それは「本芸」としての演劇術ではない。私はずっと、仮名手本忠臣蔵の「一力茶屋の場」の「見立て」を見ているような気がした。
 しかし、尾上菊之助がこの興行を救っている!


○若音羽の魅力
 照れずに書いちゃおう。

 なんとまあ、美しいことか!


 廻り舞台って分かります? それぞれの「場」が終ると、舞台がそのままグイーンと廻って後ろのセットが出てくるってあれ。舞台が段々暗くなりつつ廻るんですが、そのとき菊之助に当たるスポットライトも段々暗くなるんですよ。
それだけのことが、なんとドラマティックに美しいことだろう。時と共に移ろい果てる「美」が、永遠の命を与えられたかのように際立って輝いている。


 彼が主役であるからこそ、この壮大な冗談が、お宝(伝統の世界は時にこんな言い方をするんですね。お金のこと)を払う価値のある「みもの」となっている。
 最初の菊之助の登場、ここがドラマティックですよー! 大道具がスーッと左右に開いたかと思うと、大きな船が現れ、その舳先に若衆姿の菊之助がたたずんでいる。新橋演舞場の大舞台が一挙に大海と化す幻想! 
 なのに、だ。
 ここで若衆と姫の早替わりを何度もするんですね。これがしつこい。あんなにやると最初に「おーッ!」と唸った気持ちが消えて可笑しくなってしまう。蜷川幸雄の見識を疑う。せめて2度まで。さらには大嵐になって暗転する時、太棹三味線が入るんだがテープというのが情けない。一挙に芝居が安っぽくなる。



 特筆すべきは元禄若衆姿での踊り!
 いやーーーーーーーー眼福! 思わず「!」と連発してしまうが、見た目もさることながら舞踊自体も気の入ったいい踊りだ。体をグーッとしならせる「海老反り」など、この芝居一番の美的感興を呼ぶ。思わず、という感じで客から拍手が湧く。
 あと、つまらないことですが、「やっぱり藤純子に似てるんだなあ」と感じ入った。特に斜め後ろから見たときの、おでこから頬、そして後ろ背にかけての線がそっくり。すらりとして、白鷺の如きしなやかさ。あんまり綺麗だったものだから、つい仰々しい比喩を使いたくなってしまう。
 うーん、この美しい若女形をもっと大歌舞伎で観たい。この人の『名月八幡祭』の美代吉が、『妹背山』のお三輪が、『金閣寺』の桜姫が、観たい! 七之助のお光で菊之助のお染の『野崎村』なんて、どんなにいいだろう。
 ああ、この人だけでズーッと書けちゃうね。他のキャスト雑感などなど、続きはまた明日。







尾上菊之助


○ヤサブロー日記、2回目 『あわもり』


〜わたしたちの連隊の行き先が、琉球らしいといううわさが伝わって来たら、中隊きっての酒飲みの兵隊が、ありがたい、あわもりが飲める、と言った。しかしわたしたちが到着した宮古島は、まる一年半の駐留中に、めったにあわもりにはありつけなかった。
(中略)
 島の人々にとって、あわもりなどは財産だったから、深くかくして、ウロチョロと出はいりする兵隊などには見つからなかった。
 部隊の一軒の家の月見の宴に、一人ひそかに呼ばれて、その時、ひどくうまいあわもりをごちそうになった。何という酒かと聞いたら、琉球のことばで「クゥシュ」というのだと言った。
(私の食物誌 池田弥三郎 6月16日)


 焼酎自慢の居酒屋に行けば、泡盛の古酒を出すところは少なからずある。
 何気なく飲んでいたが、沖縄、そして離島の焼酎文化には、文字通り命がけで酒を守った一時期があることを思い出す。「鉄の雨」に撃たれたのは、人だけではなかった。多くの酒蔵も、こっぱみじんにされたという。
 こう書くのは、ストレートに過ぎて野暮かもしれない。
 池田さんのさらっとした筆致に浮かび上がる、島の人の表情。「ひどくうまいあわもり」を飲んだ池田さんの顔も、見て取れるようだ。クゥシュ、と呟きながら、彼はうまさにグッと飲み干しただろうか。それとも勿体なくて、ちびりとやったのだろうか。


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