七月大歌舞伎・昼の部その2
私の前の方が、『五重塔』だけで帰られた。
うーーーーん……贅沢っ! 今月「玉三郎を観ないで帰る」なんて、なんというか、まあ、通というかなんというか。60歳は超えていそうな男の人だったが、よっぽど勘太郎ファンなんだろうか。もしくは幸田露伴ファンで泉鏡花嫌い……? んなわけないか。
ちょっと今日マジメなこと書いてるんで、最初にフザけておきます。
坂東玉三郎のセリフのことなんですが……なぜか年々「ラ行のベール」が強くなっている気、しませんか!? セリフ全般に「ラ行のベール」がかけられているかのよう。例えば「ばんどうたまさぶろう」っていうところを、「ばんろうたまらぶろう」みたいに聞こえる。「どうしたんだい」が「ろうしたんらい」に。
だからどうしたってんじゃないんですが、悲しい感じで高いキレイな声で「らりるれろォっ……」というと、ちょっと大和屋に似ますよ。プチものまねにどうぞ。
このひとは、美しい容姿と、美しい声を、生まれつき持っている。
さらには華もある。舞台奥の柱が観音開きとなり、大きなマントをひるがえして登場する最初の出。自然に観客から拍手が起こる。それに反響するかのように海老蔵の体から光が放たれる。
感慨深かった。このすごい資質を改めて思うと共に、生まれつき声と顔が良いというのは、ひょっとして役者として、それも歌舞伎界の中心をなす成田屋の長男としては、すごい足かせなのかもしれないな、と思った。
○玉三郎の努力と研究
役者の顔が、演技と芝居(このふたつは同じ意味のようで少しニュアンスが異なる)によって、舞台で美しく「みえる」、声が美しく響き、美しく「きこえる」――これが、舞台役者の最大の武器だ。
信じられないことだが、坂東玉三郎は最初舞台に現れたとき「笑われた」のだという。女形としては大きすぎる背、ノッポで顔の小さな彼のスタイルは、当時の歌舞伎界の「常識」から甚だしく逸脱していた、という。
あのひとはただもう白粉(おしろい)を塗って紅を差せば絶世の美女になる、というイメージがあるだろうけれど、背の高さを含め、自分の元々の肉体をどう活かすか、そこを徹底的に研究して、あの「美」を手に入れた人なのだ。創造した「美」に観客を服従させた人なのだ。
浮世絵から近代日本画に描かれる美しい女のポーズとバランス、そしてそれを肉体で再表現するにはどうしたらいいか。自分より背の低い男と並んだとき、どう体を殺すか。残っている限りの古い写真を見て、自分と近しいプロポーションの女形はいないか探し、彼らがどうやって自分を見せているか。自分が一番綺麗に見えるカツラの形、着物の着付、そして化粧。写真を年代順に追っていくと分かるが、玉三郎の化粧の仕方は昭和40〜50年の間にグーンと変わっている(昭和51年辺りで現在の完成形となるよう)。最近でも、少しずつ眉と目のバランスを変えつつある。そういう「今の自分」にあったスタイルを、探し続けているのだ。
もって生まれた美しい声は、芝居が伴わないと空々しい声になる。美しい顔は人形になってしまう。そうならないようにするにはどうすれば? 鏡花の幻想を声に科白にするにはどうすれば? 市川海老蔵は今、生来の声と顔を、舞台上の「美」に転化させる方法を模索しているように思える。
それを体得したならば、いつか容色が落ち声が老いても、美は舞台に咲き続けるのだ。
○市原悦子的肉感
と、玉三郎を引き合いに舞台の美を書いておきながら、ちょーーーっと今回の玉三郎には「?」が浮かんでしょーがなかった。
シンプルに書いちゃうが、衣装が似合っていないと思う。誰もそう思わないのだろうか!?
なるほど顔はいつもの美しさ、そして鏡花の夢見るようなファンタジーの連想セリフは玉三郎のものだ(私は泉鏡花の台詞って、詩人たちが心の夢想を連想ゲームしているように思えてならない)。
けれどそのファンタジーが、洋装のラインによって生み出される玉三郎の肉体の生々しさに、打ち消されてしまうんですね。解説すると、
「首から上=鏡花的幻想性たっぷり・首から下=リアルな肉体感たっぷり」
このギャップが激しすぎるんだわ。
声にセリフに「ああ鏡花」と思ってツーッと目を下にそらすとあらまあ……アルベール・ラモリスの映画を観ていたと思ったら、いきなり今村昌平の映画に変わっていたかのよう。ミもフタもない言い方だけれど……腕から胸、ウェストにかけての感じ、「市原悦子」を思い出してしまった。ああああファンに殺されそうだが、冗談じゃなく実際に思ってしまったんだもんなあ。
あの稀代のスタイリスト、坂東玉三郎ともあろうひとが……なぜ!?
○蛇足
ホリゾントに波や泡の映像が重なる演出なんですが……どーにもノレない。
いらないじゃないか、あんなの。海の底ということは芝居で出せばいいのに。芝居で出せているシーンもあるというのに。なんだか安っぽく見えるぞ。
○追記
そうそう。女房役の市川笑三郎、完璧に近い好演じゃないだろうか。大歌舞伎の役をどんどんやらせてあげてほしい。上手だなあ、このかた。
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