七月大歌舞伎・夜の部その1

27日まで

○『夏祭浪花鑑』


 市川海老蔵の団七、中村獅童の徳兵衛。

 このふたりが……なんというのか、清々しかった。
 はっきいりいって『夏祭』という、この人気狂言にして非常に演技的難易度の高い芝居に「手も足も出ていない」のだけれど、ふたりとも「教えてくれた先輩の芝居に少しでも近きたい、少しでも似たい!」と専心しているのがよーーーく分かる舞台だった。
 それだけでなんかこう……歌舞伎という「舞台」を観た甲斐ってのはあるのだ。嬉しくなっちゃうのだ。こういうのって伝統芸能独得の、ひとつの「楽しみ方」だと思う。


海老蔵のもがき


 血脈をみるような喜び、というのか。
 ああ、こういうことが何百回も江戸の昔から繰り返されているのだなあ、親が子に、先輩が後輩に伝え、必死でそれを会得しようとした結果、歌舞伎狂言がいまこの現代の舞台にかかっている……。
 私は今回このふたりの姿をみて、ある感慨にとらわれた。
 このふたりは、団七、徳兵衛という特定の人間を演じているのと同時に、過去の名優たちが練り上げ、無駄をそぎ落としてきた「歌舞伎のハウツー」を、体に叩き込もうとしている。そうシミジミ思わされる。
 特に海老蔵の体当たりの芝居。脈々と伝承される演技術のエッセンスのようなものを体得しようと、あがき、もがいているように思えてならない。


○さながら若きエイハブ船長の如く


 海老蔵は今回、中村勘三郎に教わったという。
 このひと、何か「落ちた」かのように柔和な風情を感じさせる。ギラギラとして、若く美しい人特有の傲慢さ、ときたま独善といったものも感じさせるひとだったけれど(そこがまた、魅力でもあったのは確か)、何か芸の前に従順に、虚心になったように思えた。
(いやはやなんとも……偉そうな書き方、すみません)
 中村屋のやり方をどーにか少しでも吸収しように染み込ませようという姿勢。「こんなんじゃないんだよなあ、もっともっと凄いんだよなあ」気持ちと無念が後姿から感じられる。それは今回に限り、「アリ」だと思う。『夏祭』という大きな芸の鯨にひとり挑む、若きエイハブ船長のように私は思えた。
 中村獅童は筋書きによると、橋之助の徳兵衛に憧れ、実際今回、教えを乞うたのだとか。こちらも、「教えられたとおりに、ひたすらやるのみ!」という感じ。それが返って好感をもたらす。
 

○『夏祭』の「柱の高さ」


 この芝居って、本当に「捨てゼリフの大事な芝居」なんだなあ、ということを痛感した。
 捨てゼリフ……自己流の説明だけれども、台本に「セリフとしては」書かれていないセリフのこと。実際そうかどうか知らないが、こんな感じ。
「団七、必死で義平次に思いとどまるよう頼み込む。なかなか承服しない父と井戸のところまで来て、キマる」
 というような感じ。
「たのみます、たのんますよオヤジさま。後生だから。ねえ、お願いですよ」みたいに、「必死で頼み込む」細かいセリフは役者が作らなきゃいけない。そういう箇所がえっらい多いんです、この芝居。
『夏祭』って、ナチュラルな生活感の強い芝居なので(なんたって基本的に義理の父、義兄弟、その妻、自分の妻と子、兄貴分というファミリーだけのやりとりなのだ)、何十年も顔つき合わせている感じが出なければいけない。さらには関西弁で、フリーカンバセ―ション的なセリフの応酬をしつつ、所作事的な立ちまわりがたくさんあって……。
 中村屋の団七ばかり観ていたので、この芝居を構成する「柱の高さ」に、今まで気づかなかった。


○とここで筆を置けないのが悪いところ


 団七・徳兵衛の着物の着方がねぇ……よろしくない。
 特に浴衣の扱い、着こなしに「ライブ感」がないのが致命的。当たり前だが、歌舞伎の登場人物というのは、生まれてからこのかた着物しか着たことがないのだ。そういう感じを出す、出せることが歌舞伎役者の「最低条件」だと私は思う。だってねえ、『暫』とか『鏡獅子』みたいなアンユージュアルな着物じゃないんだもの。「普段着」なんだからさ、リアリティほしいじゃないの。時代の匂い出してほしいじゃないの。昨日今日着た「衣装」に見せてどうする!
 有名な高札の見得の前、裾をパシッとまくり上げ、しゃがむところに男の粋さが出なければ。それからもうひとつ。粋な役で浴衣を着るならば、胸の合わせのところに拳ひとつぐらいの開きを作るのがマスト。やってはいるのだけれど、ふたりともセリフにアクションにで手一杯なので、すぐグズグズと大きくはだけてしまう。子供が盆踊りから帰ってきたかのよう。失礼だが、踊りをもう少し鍛錬されたほうがいい。
 芝居やアクションはまだまだとしても、着物なんて小さい頃からずっとお召しだろう。そこぐらいは一日の長を見せていただきたい。歌舞伎役者なんだもの。文句ではない。苦言です。余計なお世話だが。
(10日)


○蛇足
 義父を殺したあと浴衣を空に放り投げ、スッと団七が着るところ。いつも「おーっ」とどよめいて拍手が起こるが、あれ全然簡単なことなんだけどなあ。尊敬するコラムニスト某氏がよく賞賛しているが、たいしたことじゃない。



○蛇足2

 歌舞伎座3階にある「思い出の名優たち」とかそんなコーナー。大名題の物故者の写真がズラリ。私が歌舞伎好きになってからの方は我童さんからだなあ。あ、なぜ又五郎さんを掲げないんだろう……ちょっと不満。



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