「田中希代子―夜明けのピアニスト―」を読んで

この人のラフマニノフは素敵です

田中希代子―夜明けのピアニスト

膠原病。それは人間の肉体組織の間に
炎症を起こし動作不能とする症状。
彼女の場合は「手」にきた。
彼女は、ピアニストだった。


田中希代子、順調なキャリアと
豊かな才能に恵まれた伝説の人。
時に36歳の冬であった。


生きていれば72歳、戦後すぐに
フランス留学を認められるほどの腕前と、
人も羨むほどの教育環境にあった このピアニストの数奇 (といっていいと思う)な
人生を、 明治以来の日本のクラシック音楽界の 様相と合い交えながら
淡々と上品に描いている。ときに「ファン」寄りの捉え方が過ぎる点と、
彼女の苦悩や病気後の世間の風などに迫り切れない「優しさ」が、
ドキュメンタリーとしては不完全なものになっている点が
惜しいといえば惜しいが、
オマージュと思えばそれもありかもしれない。
しかしはっきり言って悪いが、文章よりも田中さんの写真が
多く掲載されていることに、この本の価値はあるといっていい。
このピアニストの面差しには人をハッとさせる何かがある。
上品で静謐な瞳、含羞をたたえた優しげな笑み、落ち着いて知性的な、
いかにも育ちのよさそうな物腰。
そして表紙にもなっている写真は、ピアノと一体化してなんと美しい肢体であることか! 
こういったグランド・マナーは、望んでも得られないコンサート・ピアニストとしての
必須条件であることは言うまでもない。
彼女のステージが偲ばれる、美しい1冊だ。


希代子が生涯を通じてファンであった
クララ・ハスキルと彼女は
天国で何を話しているのであろうか?