「偽りの花園」―ベティ・デイビスの怪演に酔う

見ィたな〜

※今日は古いアメリカ映画とか演劇に興味ない人は
読まないほうがいいかもです。
ちょっとマニアックに長いビデオ批評。
ベティ・デイビスウィリアム・ワイラー
歌舞伎などお好きな方はどうぞ。


A・ヘップバーン主演の「噂の二人」やジェーン・フォンダ主演の「ジュリア」などの 
原作者としても有名なアメリカの女流作家・リリアン・ヘルマンによる戯曲の映画化。
南部の没落名家を舞台に人間の業と欲がぶつかり合う――。
この映画はなんといってもベティ・デイビスの名演が話題になっていたので、
「何がジェーンに起こったか?」ばりの怪演を期待して観たが……
いやー、それ以上に唸ったのは監督・ウィリアム・ワイラーの演出の見事さだ!
この話はもともとブロードウェイでヒットした舞台劇で、
えてしてそういう作品は映画にすると「旨み半減!」な感じに終わることが多い。
それは映画がもつ自由な表現(アングルに凝った撮影とか、 いきなりの場面転換や、
人物をアップで 撮るかロングに引くことで情感を表現するとか)が
制限されてしまうからなんだと思う。
しかしこの作品では、舞台劇の演出で効果的に使用される役者の「出はけ」
(舞台の両袖に俳優が出たり入ったりすること)が、
なんとも見事に活かされていた。そこにまず感動。


風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーが住んでいたような、
中央に大階段のある南部の豪邸がこの話のメインの舞台。
その家の中を役者たちは台詞のやり取りをしながら
あるものは台所に去り、あるものは庭に去り、
あるものは寝室から現れ、
あるものは裏口から現れる。
その登場・退場が、その「役」の持つキャラクターと見事に重なって表現されるのだ。
この時代、南部の使用人といえば黒人にほかならない。
彼らは決して表口からは出入りできない。
そこに厳然たる「差別」が表現される。
何十年この家で働き、重要な台詞を吐こうとも、彼らはこの家において
「被差別者」である。 彼らは常に勝手口から出、台所に帰る。


また、この「家」の住人でも、
何か欠陥や不満を持ち悩みを抱えている人間はなかなか部屋には戻らない。
彼らの「出はけ」は主に庭となる。
「家」であって「家」でない中途半端な場所で、彼らは過ごすしかないのだ。
そしてベティ演じる女主人は常に中央の寝室から出入りする。
常に全体をリードし屈服させ命令する傲慢な女主人が見得を切るのは
2階中央のセンターであり、大階段に他ならない。
それが、役者の演技とあいまって、それぞれの「役」の持つ人生、歴史といった
人間の「厚み」を生み出すのだ!
実によく構成された台詞と非常に演劇的な舞台美術を、ワイラーは見事に
映像化している。 また役者たちも、一人一人が人間の持つ「弱さ」や「狡さ」の
代表みたいな役を振り当てられているのだが、
全員がソツなくそれを表現しきっていると思う。
それをまとめ上げたワイラーの手腕はやっぱ、スゴイわ。


うーん…考えてみればあの名作『ローマの休日』の監督だもんなあ。
なんか『我等の生涯の最良の年』という文句つけたら「人非人」みたいな良心的な
名作ばっか作ってる人って勝手なイメージだったけど、間違ってたなこりゃ!
あ、もちろんベティ様は(思ってたより出番が少なくて残念なんだが )
その演技はやっぱ「見事」の一言に尽きる。
思ったんだが、 この人「女優」っていうより…歌舞伎の「女形」に近い!
(こっからストーリーのネタばれありです)
この映画の眼目となるシーンなんだが、
ベティの夫が心臓発作を起こし、財産欲しさに
ベティが見殺しにするシーンがあるんだがすごいんですよソコが!!
大階段の途中で旦那が倒れた瞬間「倒れたわねッ!」という表情で
いきなり画面大アップでクッとその大きな眼を見開き、眼のキワで旦那を凝視。
以後もだえ苦しむ断末魔の亭主がコト切れる最期の最期まで
マバタキしないんですよあなた!
その間なんと47秒!!
(計る私もヒマですが)
やってみてください中々できませんよこんなこと。
しかもベティのすごいところは徐々に3段階に分けて眼を
さらにさらに見開いていくのだ!


亭主「う、うううっ!」
ベティ「(死んだかしら?という感じで眼を見開く)
    ググッ!」
亭主「うう、うううう!」
ベティ「(まだ死なないのッ!?)グググッ!!」
亭主「うっ!(パタンと倒れる)」
ベティ「(やっと死んだわねッ!)
    グググググッッ!!!!」

とこんな具合でもうその形相はまさに「鬼畜」。
その面影には先代の中村勘三郎のような風格さえ滲んで。
「死んだか死なぬか」と大見得でチェックするさまなぞ
そのまんま『鏡山旧錦絵』の「岩藤」。
大目玉三回目の見開きのときは思わず叫んじゃいましたね、「中村屋ッ!」って。
いや、嘘です。 (と。ここで突如話は横道に逸れるが
マバタキしない名演技といえば我等が桃井かおりも相当なものを
残している。名作「疑惑」のラストシーン、列車に乗ってエンド・タイトルが出るまでの
長回しの間、一度もマバタキしないのだ!)
作品としての完成度と演技者の妙を堪能できるすばらしい佳作!


蛇足;ちなみにワイラーは、よほどヘルマン作品に思い入れがあるのか、
ヘプバーンの『噂の二人』も、『この三人』という作品も後に映画化している。
あと、ワイラーは一時ベティと愛人関係にあったようで、それはお互いに認めている。
ベティと付き合える男なんてそれだけでもう「男の中の男!」という気がするなあ(笑)。

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