『鬼畜』(1978)

 私は強い女が好きだ。
 妄執の女、自我の強い女、いがみ合う女、闘う女……。実際に自分の身の回りにいたらたまったもんじゃないが、強い女たちが活躍する映画を見るのは、私にとって最高の悦びのひとつである。
 ミクシィというSNSでそんな映画のコミュを作って駄文を書き連ねていたのだけれど、ちょっとこっちでも紹介していきたいと思う。ちなみにアドレスはこれなので、ミクシィやっていらっしゃる方はどうぞのぞいてみてください。
「女の【対決!】映画」http://mixi.jp/view_community.pl?id=278039

 さて、第一回目は野村芳太郎の傑作のひとつ、『鬼畜』から。


■■『鬼畜』■■
監督:野村芳太郎 
決闘者:岩下志麻小川真由美 傍観者:緒形拳

 なぜか昭和50年代後半というのは、「子供に見せないほうがいいんじゃないの!?」という映画がこれでもかとテレビで放映されていたように思います。
タワーリング・インフェルノ』(高層ビル大火事)
ポセイドン・アドベンチャー』(津波で豪華客船転覆)
大空港』(飛行機事故)
 これらのパニック映画などは、少なくとも小さい頃2〜3回は観ました。そのたびに見ては震え上がり、人生とはかくも儚いものかと嘆息をもらしていたものです。嘘ですが。そんな中でも、特に強烈な映画を作り、現在の私に強い影響を与えているのが「野村芳太郎」という監督さんの映画です。よく放映された彼の作品をザッとあげてみても、

●『震える舌
破傷風になった少女の闘病記。超リアルな闘病シーン続出で幼心コッパミジンにされた少年少女続出)


●『疑惑』
桃井かおりが保険金殺人の容疑者となり、日本映画史上トップともいえるアバズレを大熱演。理性的で高慢な弁護士を岩下志麻が演じ、その対決が話題となった)


●『八つ墓村
(現在のジャパンホラーを代表する「サダコ」(リング)の原型は「ミヤコ」だった! という怪作)


●『砂の器』(陰惨ないじめ、悲惨な人生の万華鏡)


 などなど。とんでもないスベタや、果てしなく惨めな境遇、そして常軌を逸した存在がこれでもかと彼の映画には出てきます。まさに百鬼夜行。跳梁跋扈。そんな映画がよく放映されてました。
 さて前置きが長くなりましたがこの『鬼畜』もご多分にもれず、よく放送されていた気がします。これこそ子供の頃に見るなんざトンでもないインパクト。私は結構長い間、トラウマでした。「子供の虐待」「わが子に手をかける」という感情と行動が、この映画の核となっています。名作だとは思いますが、どなたにでも「オモロイから観て」とお勧めできるタイプの作品じゃない。しかし!


 序盤、本妻の岩下志麻と妾の小川真由美が対決するシーンはそのテンション、女優の「格」、演技の密度から言っても
まさに史上屈指の出来。というわけで、この映画を「女の対決!」という視点だけからご紹介してみます。
 最近緒形拳が出した自伝でもこの作品を振り返って
「あれは岩下志麻さんと小川真由美さんの映画です。彼女たちが思いっきりやってくれたから、この映画は成功した」と絶賛していた華麗なる二人の闘いのをここでちょっと再現。


 ■■松本清張原作作品 『鬼畜』■■

●序章

 冒頭、いきなり本編が始まるやいなや「ヌッ」と蒼白なノイローゼ気味の小川真由美(当時39歳)のアップからはじまります。陰惨な内容に対する監督からのショック療法でしょうか。

 そばにいる子供たちに向かっていきなり叫びます。
「利一、良子、行くよ!」
 そう、真由美は妾(めかけ)。月々のお手当て払えなくなった緒形拳のところにガキ連れて取り立てに行くのです。
地上げ屋が来るほうがまだマシかもしれませんね。


●取り組み・第1番


 印刷屋の緒形拳の店にやってきました真由美、時は盛夏で、もう汗だくです。ただでさえ「銭っこ」がなくて機嫌が悪いのに猛暑。さらに幼子までおんぶしてる真由美の不快指数はもう計量限界、ふり切らんばかり。当然人目なぞ気にせず、小さな印刷屋やってる拳ちゃんの家の前で「文学座」で鳴らした腹式呼吸で不満をブチまけまくります。拳はただオロオロするのみ。弱いものです男って。

「みっともないよおッ! 中に入ってもらいな……」

 岩下志麻(当時37歳)、満を持して登場。町工場のカミさん役ですが、表情が後年の「極妻」よりも怖いのはなぜでしょう。


●取り組み・第2番


 あろうことか志麻、旦那に妾がいるの今日の今日まで知りませんでした。鈍感。寝耳に水。いきなり妾がやって来たうえ、3人ものガキと直接ご対面。「ハラワタ煮えたぎる」というお手本をここで見られます。拳がこの時点で心臓発作起こさなかったのが不思議です。なぜか真由美、いきなり「二人なれそめ」から志麻の前で語りだします。これがホントの「火に油」。


●取り組み・仕切り直し


 なんでも拳がよく使ってた料亭の仲居だった真由美、
「あくまでも拳から誘った。私からじゃあない」と言い切ります。実際そうなんですが、作中、再現回想シーンまでついてても真由美を誘う男がいるとはにわかに信じられません。どんなことになるかわかるでしょうに。
「子供だって産んでいいといったのはこちらです(アタシ悪くないもんね)」
 またもや義太夫のような声でのたまう真由美。実際そうなんですが、再現回想シ……(以下同)。


●岩下、先手つっぱり張り手


「フンっ、仲居なんてやってた女だろ、誰の子だかわかりゃしないねッ!」
 職業差別もいいとこです。あまりにベタな展開。もちろん真由美「なんだとおぅッ!」と鼻息荒く一瞬キレますが、
ここで暴れたらビタ一文手に入りません。「カタがつくまで動きませんからねッ!」と居直ります。
「ああそうかいッ!」と志麻も一歩も引きません。
「泊まろうったって布団も蚊帳もないよッ!!」とせんべえ布団を投げつける荒業に出ます。
 黄色い布団が「そりゃあ」「うりゃあ」と宙に舞う。見えなくなっていく真由美。あまりにもシュールですが、ちょっと松竹新喜劇みたいでもあります。


●小川忍者説


「蚊帳もないよ」というのはいい伏線でした。
 その夜はすごい熱帯夜。そして蚊の多い家だったようで、小川真由美が汗だくでポリポリポリポリ体をかきむしっています。すの怒り心頭な表情が月の光に浮かび上がります。書いてて怖い。
 やがていきなり大声で笑い出す小川真由美。年配の方は「救心」用意して下さいよ、いよいよクライマックスです。いきなり拳たち夫婦の寝室のふすまをバーンと開けて
「鬼、畜生っ! それでも人間かッ!!」
 絶叫する真由美。撮影中の全スタッフが「どっちがだよ」と声にならないツッコミをしたに違いありません。
 まあこのシーンの迫力ときたら、とても私の文章力では表現できません。あえてセリフは書きませんが、子供を埋めない志麻に向かって大罵倒、高笑い。こんな見事な「あざけ笑い」を私はその後聞いていません。そして見事な啖呵を切ってマッハで退場。子供置き去り。
 拳、すぐに真由美を追っかけ町中探しますが影も形もありゃあしません。真由美は忍者なんでしょうか。あ、ねずみ小僧だった。


 捨てられた子供たちがこの後志麻のもとで、それはそれは悲惨なことになるのですが、そこからはマジでシャレなりません。しかし、ただいたずらに凄惨なシーンや出来事をつづっていくのではなく、しっかりと人間の「業」や「修羅」を描いた映画です。私はラスト、号泣しました。本当の「鬼畜」は誰なのか。もしご覧になられたら、このことを思い出してみてください。


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