後悔先に立たず―私とビールの場合―

うまいんだこれが

今日は、どうしても、「一番好きなビール」が飲みたい。
そんな日がたまにある。
だからわざわざ、ちょっと遠い酒屋まで
ハートランド」の瓶を買いに行って。
そしてわざわざ、ワインクーラーに水をはり、氷を入れて瓶を冷やして。
それからおもむろに、近くの銭湯行ってサウナに入り、
極限まで汗を搾り出したら、急いで家に帰って。
銭湯に行く前に、冷蔵庫に入れた小口のグラスを取り出す。
いい塩梅に冷えてるなあ。さあ、準備は万端。
これが、私の「一番好きなビールの飲み方」だ。
しちめんどくさいが、それだけの価値が、私にはあるのだ。
深い緑色のハートランドの瓶が水滴をいっぱいつけている。
くーっ、たまらん……さあっ、飲むぞ!


――――そのとき、テレビをつけなければ良かったのだ――――――。
意気揚々とグラスにビールをついだ私の耳に、
とあるニュース番組の声が聞こえてきた。
「……彼は、ずっと体調不良を訴え、
自分なりの健康法を実践していました」


(ふーん、誰だろ。まっいいや、飲も)


グラスを持ちいざ飲まんとしたそのときッ!


テレビに映し出されたその人は、
くしくも私と同じポーズで同じようなグラスを手にしている。
そしてそのグラスの中身も、同じような黄色い液体で、
なおかつ何か泡立っているが見えたそのときッ!! 
響くナレーションに、私は一瞬、身を凍らせた。

「彼はかつて本で読んだ『飲尿療法』をずっと続けています」


……………………テレビは残酷に映像を流し続ける。
おそらくその番組を見てなかったら私がしたであろうようなポーズで、
グビグビおのれの尿を流し込む彼の姿を。


私が今手にしているのは、もはやビールであってビールではない。
さっきまで私を魅了していたスパークリングな黄色の液体が、
私を「えづかせる」のはなぜ。なんとも言えない「つかえ」がノド元に来るのはなぜ。
ナレーターはなおも続ける。「冷やすと飲みやすくなるそうです」


私が星一徹であったなら、ただちにこのテーブルをひっくり返すだろう。
私が寺内貫太郎であったなら、ただちに西城秀樹
あばら骨の2〜3本も折るようなファイトをしたに違いない。
しかし悲しいかな、どこにこの怒りをぶつけたとて、
すべてを片付けるのは、私しかいないのだ。
胸のつかえををグッと飲み込み、
口をつけたビールは………………やっぱり、うまかった。
これからビールを楽しむときは、決して不用意に
テレビなんてつけるもんかと、固く誓った春の宵。


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