本:「おそめ」(石井妙子:著 洋泉社) 4/16改稿

 面白かったーッ! 久しぶりに一晩で読みきりました。
「明日早いんだよな……」とか思いながらも、
「えーいもういいやッ読んじまえッ!」てな感じで止められなかった。堪能した。
有吉佐和子花柳界ものや、山崎豊子の商売ものが好きな人ならきっと気に入ると思う。


 主人公の名は「上羽秀」、通称「おそめ」という女の人。
祇園の芸妓からバーのマダムになり、画期的な成功を収め銀座にも出店、
元祖「空飛ぶマダム」として一世を風靡した伝説の人だ。
川口松太郎の小説「夜の蝶」のモデルにもなった人で、
私は大映で1958年に映画化されたバージョンを見てたことから興味を持ち、
この本を手に取った。(ちなみに映画で彼女を演じたのは山本富士子だった)


 まず、作者がこのおそめに惚れ抜いて、その魅力をあますところなく伝えたいのだなあ、
という姿勢が全編を通して感じられ、読んでいて心地よい。
それは「子供じみた思慕」じゃなく、評伝としての冷静なスタンスを保ちながら、
彼女の人柄、華麗なる遍歴にワックワクして、興奮してるのがよーくわかるのだ。
石井さんは晩年のおそめさんに出会い、
「なんともいえない透明感」「精霊のような」印象を受け、一発でそのトリコになったという。
冒頭に掲載されたおそめの写真の数々からもその魅力はうかがい知れるのだが、
(まさに、「臈たけた」というような感じ!)
石井さんは、おそめの特質をこう感じたと表現している。「彼女の魅力は、月や蛍の光の美しさのように
写真では残しえないものだったのではないだろうか」
なんと鮮やかな! 写真はときに真実以上のことを写し出すが、
ときに本物の万分の一の魅力をも抜き出しえないときがある。
私は「原節子」という女優の映画とスチールを見比べるたび
「どうしてこんなに写真うつりの悪い人なのだろう」と思うことがあるが、
あふれ出る人間の雰囲気というのは、ときに写真と相性の悪いものなのかもしれない。
 このおそめという人には、読むだに物語の中の人のような、
それも御伽草子の中の人のような浮世離れした雰囲気を感じる。
まさに今は絶滅してしまった「麗人」としての何かを確実に持っていた人なんだろう。
 それが証拠に、男たち、それも超一流の男たちから贔屓にされ
(簡単に列記しても小津安二郎里見紝白洲次郎吉井勇大仏次郎川端康成
服部良一川島雄三高見順田辺茂一などなど書ききれないぐらい!)
あの白洲正子をして「輝くばかりに美しく、(中略)平安朝の絵巻物から
抜け出た白拍子かお巫女のよう」と言わせしめたおそめである。


 この、昭和文化史を彩る数々の偉人たちの一側面をうかがい知れるのが、
この本を第2の魅力だ。文壇バー、バー政治という言葉が生きていて、
一流のクラブが紳士たちの会合であった時代の雰囲気が生き生きと伝わってくる。
 なにしろこのおそめさんは、祇園と銀座という東西の超一流スポットの
どちらにも店を持っていたのだから、面白さは2倍だ。当時の銀座の格式たるや今からは想像もつかないものだったらしく、
水上勉などはじめておそめの店を訪れた際「俺もようやく一流になれた!」と感激、
ひざまづいておそめの足袋に接吻した(!)というのだから……
(まあ水上勉らしいっちゃらしいけど)いやはやオドロキ。
 銀座進出の際の地元ライバル店の「やっかみ」、
祇園で隆盛を誇っていたころの先輩芸者の「へんねし」
(京言葉では「嫉妬」のことをこう呼ぶのだそう)などのくだりは、
おそめさんには悪いがまさに有吉文学を読む面白さで、ページをめくる手が止まらない。


 彼女の生まれ育ち、母・よしゑさんの数奇な運命、
(ひどい仕打ちをした夫に生霊を飛ばした、というくだりは詳述しませんが必読!)
長年の内縁の夫で、のちに東映の大プロデューサーとなる俊藤という男との
何十年に亘る愛憎の数々など、読み進めるほどにこの小説的な人生には驚かされ、興奮し、ため息をついてしまう。
 夜もしらみ始め、この本を読み終えたとき私は、実際の人物の話とは思いながらも、まるでかげろうが朝方
どこへともなく姿を消すかのように、気がつけば桜の花が散ってしまっていたかのように、
おそめの幻影がフッと消え去ったかのような、そんな不思議な気分になった。


蛇足:おそめさんの着物がこれまた素晴らしい。京女、というよりは江戸前の地味な趣味で、縞や小紋を居住まい正しく着ておられる。水商売の人にありがちな衣紋をぐっと抜いて、前を帯ぐらいまで開いて合わせるような着方はしない。素人の奥さんのようにきっちりと合わせながらほのかに色気が漂う。「馥郁とした」という言葉を自然、私は思い出した。


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おそめ―伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生

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