いまさらながらに『嫌われ松子の一生』について

hakuouatsushi2006-12-04

 いやー随分とご無沙汰しちゃいました、友人Iさんの妹Y子ちゃんは4日もブログ更新がないと「死んでるんちゃうか」とお兄さんであるIさんに連絡してきたそうですが、生きてます(笑)。なんだかバタバタ、という言葉で逃げちゃいけないんですけど、新しいお仕事とか頂いちゃったり両親が久々東京にやってきたりと、ちょっとせわしなかったですね先週は。その辺のことは日曜日の日付で記録として残してみます。日々是発見雑記になれてるかはわかりませんか、興味のある人はクリックしてみてくださいね。今日の夜にはアップします。そして今日も最近のとりとめのない日常をちょっと箇条書きで書いてみよう。うーんこれも逃げのような……しかし私が気合を入れて書いた一番読んでいただきたい映画とかアート評に限って「今日は読みませんでした」だの「映画は飛ばしちゃうんですよいつもー」なーんて言われちゃうんですよ、あっはははははは、K社マンガ編集のM! お前だよお前(笑)。まあ今日からまたペース上げて書いていくので、どうぞよろしくお願い致します、お客様は神様です。


●『嫌われ松子の一生』DVD化に寄せて
 ていうかですねえ、悪口なんてものは出来れば書かずに済ませるのが一番なわけです。最大の抗議、そして嫌悪を表す最も有効な手段は「なんの意見・感想も述べないこと」だと思いますもんでね。でも、でもねえ……とある仕事でこのDVDを見直す羽目になったのだけれど、やっぱり「絶賛」という評価が主流なのはおっかしいと思うなあ。納得いかないなあ。ちょっとその理由だけメモ。
 第1の理由。主人公、松子は小さいときから父に愛されず、それゆえどこかいびつな人間になってしまい素直に愛を求められず、屈折してしまった人間、というのが話のベースになってるのだけど、「だからなんだっつーんだよ」としか思えない。何のシンパシーをも感じ得ない。最初に人生につまづくきっかけ、(これは詳らかにしないので、見て判断してほしい)これが酷すぎる。自分が悪いんだもの、完全に。大人が嘘ついてその場の言い逃れして糾弾される、それで「ひどいわー」とかってワーキャー騒がれてもあったま悪いとしか思えない。そしてそっから転落の一途、みたいな構成になるのだけど……はっきり言って今までドラマが描いてきた「ザッツ・不幸の典型」みたいな類型的な「悲惨」「不運」「陽の当たらない」的モチーフばかりで、いつでもデジャヴ感がつきまとっちゃうんだよねえ。そう、ストーリーのすべてがこの作者・監督の血となり肉となってるものから出てきてなくて、何か読んだもの見たもの、そっから得た頭の中にあるものだけで作っちゃった、そんな「安さ」、もっと踏み込んで言えば「自分の言葉じゃないだろお前」的な、悪い意味での軽さを私は感じてしまった。
 第2に、「どんな逆境にも耐えて明るく」だの「次々に松子を襲う不幸」とかよく形容されるんですねこの映画。そしてミュージカルシーンや幻想的なシーンを多用した構成が「画期的」「日常と非日常が錯綜する手法に脱帽!」「まさにエンタテインメント」とかよくもまあヌケヌケと……はい、敵作る覚悟で書きます。いいものを見てきてないんだなあ、ホントに知らないんだなあ何にも。よくそれで映画好きだの映画ライターだの……市川雷蔵若尾文子主演の『狸御殿』とか古くは片岡千恵蔵市川春代の『鴛鴦歌合戦』とか、もんのすんごいファンキーな名作があることを知らないのかーッ!? 美空ひばり主演の一連のミュージカルのスットンキョウなアナーキーさを知らないっちゅーのかッ!? これがコア過ぎるというのならバズビー・バークレー振り付けの米ミュージカルのシュールさでも見直してみたらどうだろう。悪いけど本当に美的におままごと以下。
 いやまあね、いーんですよ別に「美」なんて主観的なものだから。そこは千歩譲ってよしとしても、内容のドラマ性ぐらい深めてほしいもんだが……ストーリーもさあ、どッこが不運なんだかわかんないんですよ本当に。好きに生きてお幸せじゃあないか。のぞんで落ちてのぞんて男に惚れ尽くして……はっきりいうが日本という国の甘いシステムあってこそ生き永らえた人としか思えない。あれで不幸とか惨憺たる人生とか言ってるやつら、『小島の春』とかもっというと『ホテルルワンダ』とか観てんだろうか。ファンタジーとしてもドラマとしてもこの作品は私を酔わせてくれなかった。なのに!


 評判とってもいいですよねえ……うーん、わかる。ウケる理由はわかるんだ。
ホテル・ルワンダ』は辛すぎる。『鴛鴦歌合戦』なんてマイナー過ぎる。すべてがこの作品はそこそこ丁度いい。そして演技者達の豪華さとキャスティングの妙、これはほぼ満点じゃあないだろうか。主演の中谷はもちろん、チンピラ役の伊勢谷友介なんてこのままVシネスターになれちゃうんじゃないかと思っちゃったもの(笑)。また市川実日子は本当にあーいう役ハマりますねえ……大竹しのぶのサリバン先生で「奇跡の人」をやらせてみたい。あ、黒沢あすかだけは私はノレなかった。発声の不安定さが致命的な欠点だと思うのだけど……なぜみんなは気にならないのか!?
 話が逸れました。うーん……やっぱ作品自体のレベルは今の日本映画界において決して低いものではない、というのは私も認めちゃうんだなこれが。まああくまで他の作品群と比べてみると、って話ですけどね。(我ながら念の入ったイヤミだ)
 さっき私は「監督と作者が頭の中で作っちゃった話、軽くてリアルじゃない」みたいなことを書いた。しかしそれは逆説的に、頭の中で書いたものだとしたら、それでそれなりに読ませちゃうというのはすんごいことなのだ。才能あるストーリーテラーだという証明だもんね。だからこそ、もっと取材や掘り下げ、肉付けというものをしてほしい。父に愛されない子、家を捨てる子、チンピラの生き方、ヤクザとは、安アパートの実態……そういったものが細部に至るまでリアリティあるものだけがマスターピースになれるのだ。(その完璧な証明が『仁義なき戦い』だと思う)
そして中谷美紀の演技も同様に、芯のある、骨格のしっかりした台本ならばもっともっと素晴らしく輝いたに違いない。あの内容であそこまで自分を魅せたのは立派だった。そう、夏目雅子以来途絶えていた「啖呵の切れる女優」が誕生したのだ。私はその啖呵シーンがこの映画の白眉であり存在価値だとすら思っている。
 なんだか私は世の中が作品や人に対して「ハレルヤ一色」というのがドーにも嫌いなのだ。ああ、最近のことを列記するつもりがこんなに長くなってしまった。そして間抜けなタイミングでも映画レビュー……今日も読んでくれる人は少ないでしょうね。まあこの作品が大好きな人多いから、腹の立ったことだろう。どうもすいません。
 言わなきゃいいのに。


●追記
 たった一箇所だけ「うーん見事!」と絶賛したくなるところがあったのでそれを補足。兄役の香川照之中谷美紀を送っていく車のシーンで流れていたBGMがジョージ・ガーシュインの名作「BUT NOT FOR ME」で何というグッド・チョイスだろうと感心してしまった。「愛の詩も空に輝く幸運の星も、みんな私のためのものじゃない、彼だってきっとふりむいてはくれないだろう……」と悲しみつつ愛を求める詞がついているブルージーなバラードだが、まさに松子にぴったりの曲だと思った。今フト思ったのだけれど、この原作者はまさか三島由紀夫の「近代能楽集」の中の「班女」における松子を意識してこの名前にしたのかなあ。