休日スペシャル「文語と口語の微妙な関係」

明眸皓歯の代表・原節子

 小説などで目にするぐらいしか使わない表現というのは往々にしてあるものです。以前、大学生の頃私は友人の小原君が「お前らそうやって俺のことせせら笑ってるんだろう!」という表現を口にしたとき、軽い衝撃が身に走りました。「せせら笑う」という表現を口頭で使うやつがいるんだ……それは不思議な、文学的戦慄ともいえる一瞬だったのです。そして私は思いました。
「負けちゃいられない!」 どうしてこんなことに対抗意識を覚えるのかまったく分かりませんが、それ以来この手の「口頭ではあまり使わない文語表現」をコレクトするのがちょっと好きになってしまった白央篤司。どんな趣味だよ。ちょっとその辺をまとめてみましょう。なんのために。


●漢字で書かないとどこで切るのかよくわからない言葉
サンプル:あにはからんや」「なにをかいわんや」「いわずもがな」「よしんば」「とりもなおさず」


若い子に言ったら「それ日本語ォ?」と半疑問系で返されること必至です。私は「なにをかいわんや」は一体どこで切るんだろうと最初悩んだものです。「なにをか・いわんや」なのか「なにを・かいわんや」なのか……「かいわんや」って一体。獅子てんや・瀬戸わんやの弟子にいそうな名前です。ここで「♪瀬戸わんや〜日暮れ天丼〜」というフレーズが浮かんだあなた、もう若くありませんよ。ちなみに「あにはからんや」を漢字を入れて書くと「豈図らんや」です。間違いなく漢検一級。最初の「豈」という字なんて土偶みたいです。でもああいつか使ってみたい。


●谷崎、もしくはフランス書院
サンプル:「欲情」「愛欲」「滾る」など


この言葉を日常会話で使う人はいるのでしょうか。この命題はいつか考察したいと思っています。スピーキング・団鬼六みたいな男はいるものなのでしょうか。考えて見ましょう。「俺、欲情しちゃった」あなたの好きな人が自分に向かってこの言葉を吐いたと想像してみてください。腰抜かすと思いませんか。この言葉のなんという言霊の強さ! 「コーフン!」とか「イケてる〜」とかでは絶対に表現しえない、人間がアニマルであることを如実に示すような言葉です。もしこの言葉を実際に使えるとしたら、それは性的な意味だけでなく、すごいヤツだよなあ、と思いますね。それが必ずしも「魅力的」「セクシー」という意味ではまったくありませんが。使ってみたい、というよりも、使ってるやつを見てみたい。そんな不思議な言葉です。


●オーバーな賞賛系
サンプル:「三国一の○○」「女の誉(ほま)れ」「○○小町」など


例文:
「太郎ンとこの芳子は三国一の花嫁だ」
「こんな素敵なプロポーズされて、恵美子は女の誉れよ!」
「慶子さんも昔は杉並小町なんていわれたもんじゃて」


よくあるコメントですが「日本人ハ女性ヲ褒メルノガ下手デスネー」などと欧米列強の殿方はおっしゃいます。最近ですと長靴の国からやってきて帰らないジローラモみたいなマカロニ野郎がよくそんなことを述べてますが、大嘘です。こと女性を褒めるオーバーな表現は、日本において文語に限りヤオヨロズ。「明眸」「皓歯」「柳腰」「蛾眉」「可憐」「楚々」「典雅」「閨秀」「麗人」……ドラマティックで叙情的な賛美句は山のようにあるのです。しかし日本男性は言葉でこんな美辞麗句を操るのは無理。そしてこんな素敵な言葉も、うわ若きご婦人で理解できる人は何人いることでしょう。現在生息しているニホンカモシカより多分少ないのではないでしょうか……消え去る文化・言葉なのかもしれません。
 などとたくさん書いたわりになんの実もありゃしない文章ですね……。とりとめもオチもない文章ですが、このへんで。