藤間紫さん、逝く

藤間紫

「ええっ」と、素っ頓狂な声を出してしまった。
「おくやみ」の欄に藤間紫さんの名前をみつけたとき、目を疑った。2月に行われた日本舞踊協会公演の元気な姿を拝見したばかりだというのに。
 そのとき踊られたのは、歌舞伎でもおなじみ『仮名手本忠臣蔵』の八段目。『道行旅路嫁入』の戸名瀬だった。ちなみに小浪は尾上紫さん。今思えば、ダブル紫だった。


 私はとあるお手伝いで楽屋にいた。
 そのとき偶然、藤間紫さんが楽屋入りするところをお見かけした。国立劇場の長い楽屋廊下を、しっかりご自分で、ゆっくりだけれど歩いてらしたというのに。
 そのとき、さるかたが
「おはようございます」
 と挨拶された。すると紫さんはしばしそのかたの顔を見つめて、
「…………」
 と無言でらしたので、そのかたが「○○でございます」と名乗られると
「ふふふ、分かってるわよォ」
 と笑われた。冗談を仰る元気もあったのに。


 山川静夫さんも週刊文春で書いてらしたが、「女役者」という称号が似合う最後の人だったと思う。座長が出来て、映画やドラマもいけて、邦楽・邦舞の素養があり、歌舞伎の女形の芝居が出来る。そういう人では、山田五十鈴とこの人だけが残っていた。
 先日DVDで観た『婚期』(1961 吉村公三郎)という映画に、若き日の紫さんが出ていた。社長の愛人、という役なんだけれど、これがなんともいい風情だった。「おめかけさん」という言葉の持つ艶やかさをこれだけ体現できるひとは、今いない。ちょっと「はすっぱ」で、勝気で。地味な紬なんかを着ていても、襟足や袖から「日陰の色気」が滲み出る。映画女優としての彼女は、そういうなまめかしさと、軽やかな明るさが不思議に同居するひとではなかったかと思う。
 お悔やみ申し上げます。どうぞ安らかに。


婚期 [DVD]

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○追記
 紫さんのことを書いていたら、個人的な思い入れのある方が次々に。まずモーリス・ジャール。このかた来日したばかりじゃなかったっけ……『アラビアのロレンス』のニュープリントが公開されたばかりだった。あのテーマが好きでねえ。映画音楽の人間国宝なんて言われていた方。29日未明、84歳。31日には俳優の金田龍之介さんが80歳で死去。山田五十鈴さんのドラマによく出ていた、という印象が私は強い。そして名作サスペンス『張込み』の刑事役、大木実さんがすい臓がんで1日死去。85歳。ご冥福をお祈りします。




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