『廓育ち』(1964)

 やはり、大物は違う。

 若い頃の鍛え方がモノをいう――昔からよく言われることですが、いまその言葉を心から実感しています。私も今まで様々な「女優映画」を観てきました。女優が主演の、女優の魅力がこれでもかと引き出された映画。そういう映画が私は大好きなのです。そういう映画を今までさんざんっぱら観てきましたが、久々に「ひゃああぁああ!」と変な声を上げちゃうほどの映画に出会えました。それがこの『廓育ち』という作品。三田佳子、実に23歳のときの一本です。
 一般的には、大学を出てこれから社会人になろうかという年齢。世間的には「ひよっ子」もいいとこですが、三田さんはすでにして素晴らしい貫禄をみせ、見事な啖呵を映画の中で切りまくっています。

 ちょっとあらすじをご紹介しましょう。



1:舞台は京都・島原


 つまりは遊郭です。
 三田さん演ずる「たみ子」は幼少のみぎり、ここのお茶屋さんに売られてきました。人間なのにドナドナな人生。たみ子、おぼこい少女の頃から「お運びさん」としてミッチリ働かされています。
 ここの「おかあはん」役が三益愛子(写真下。この写真は本作のものじゃありません)。

 いけずで因業な役柄をやらせたら右に出るものはいない大女優でした。『赤線地帯』で息子に「汚らしいな、職場に来んなよ!」と足蹴にされるおっかさん役、といえばお分かりの方も多いでしょう。
 三田さんは幸か不幸か、ここの「養女」として迎えられたのです。「ポニーの丘」ならば心優しいお金持ちを探してくれたかもしれませんが、三田さんがアダプトされたのは色街のお茶屋。色街といえば「女の苦界」ともいわれているところです。この世界を生き抜くべく、三益さんが体張って学んできた「をんな」のサバイバル・テクニックを、ジックリと三田さんは教え込まれていくのです。


2:実録・色街の英才教育の数々!


「よう観ておきやす」
 三益さん、幼い少女のたみ子に何かいっています。理科の実験? お裁縫? いいえ、「おねま」の実践授業でした。モデルは最近お茶屋さんに入ってきた人妻さん。浴衣一枚でおびえています。
「ほれ、そこに寝とうみ」
 そういって布団に一緒に入る三益さんと人妻。
「なんやそんな硬い顔して。もっと体やわらこうしんかいなっ」
 ひいいいいぃ……このシーンで私はかなり動揺してしまいました。なんか……リアル……。三益さんは白髪まじりの結構なおばあさんです。そして相手もフツーの中年女性。それがいきなり「同衾(どうきん)」です! モジモジする相手に対し
「あんた、どうやって子供つくったん?」
 冷静に三益さんは「いなし」ます。
「ほらな、かたいっぽの手ェを首の下に腕をとおして、おとこはんの体を引き寄せて、空いてるほうの手ェをここに持ってくんのやで……」
 先の「ひゃああぁぁぁああ!」という声はここで上げました。ワニブックスの「ハウ・ツー・セックス」を子供の頃に立ち読みして以来の衝撃です。単に胸に手を入れさせただけなんですが……なーんかものすごくアブノーマルな香りが漂うシーン。見ちゃいけないものを見せつけられている感じ濃厚。
 そして三益さんは名言を吐かれます。

「おとこはんの重みは、そのまま札束の重みや」

 至言です。私はなぜか「お仏壇の長谷川」のように、三益さんに向かって手を合わせてしまいました。こんなもんを三田さんは小さい頃からずっと見学させられてきたのです。


3:その日は来た――。

「おかあはん可哀想や、あの子はまだ6年生やないの」
 嫌な予感するでしょう。そのとおりです。三田さんにもついにその日がやってきたのです。
「可哀想や。小さいうちから色の味を教え込まれて」
 ひええええと思う暇もなく三益さんが
「せやから70過ぎのひとにお願いしたんやないか」
 三益さんの論理では「あっちのほうはもうダメだから安心」なんだそうです。もうよく分かりません。このぐらいから色の味を教え込むと色気というものがついてくるんだそうです。この「70過ぎの人」を名優、三津田健さんがそれはもう気持ち悪く演じておられます。
「5日にいっぺんぐらい仕込んで、『女』引き出したる」
 色街ってすごいところだったのですね……私、かなりヒキました(笑)。なんか、この映画変にマジでリアルなんですよ。ファンタジー感が希薄なんですね。『吉原炎上』とかって、相当な幻想感があるんで完全に「よそごと」として観られたんですが……。この映画、三田さん以外の全員が本当に廓を知ってそう。「ひょっとしてみんな色街出身のエキストラ……?」的なリアリティが漂っています。ある意味初期のパゾリーニ的といえ……ないか。


4:赤い夕陽が校舎を染めて

 三田さんはこんな育ちの自分を激しく呪います。
「いつか出てったるわ、こんな街!」
 そのためには高卒の資格ぐらい絶対に取るの。当然です。一生懸命勉強しますが、周囲がそうはさせません。特におかあはんは元とらな、と必死です。
「何のために小さい頃から英才教育してきた思っとんねん! 今すぐ芸妓(げいこ)になるか、裸で出てくか、どっちや!」
 と詰め寄ります。そこで取られた折衷案。いきなりお座敷のシーンに変わったかと思うと三田さんは、
「こんばんはわぁ〜。高校生芸妓どっせ〜」
 そ、そんなバカな!
「おおよく来たな、まずは飲めぇ!」お大臣がそういうと、
「ほないただきます〜」
 三田さんは高校生と名乗りつつチャッと盃をあけています。売春防止法以前の日本の夜の街ってすごい、すごすぎる……価値観や常識なんてほんのウン十年でたやすく変わりますね。
 三田さんは小学校低学年で「おねまのてほどき」を見せつけられ、12歳にして色の手ほどきを70歳の老人にほどこされ、そして高校生でお座敷デビュー……さすが人生50年の時代。ライフタイムの疾走感が現在と比べるべくもありません。ですからこのシーンで三田さんの芸妓姿を「どうみても高校生にゃ見えないけど……」なんて文句をいってはいけないのです。あんな苦労して育ってごらんなさい。そりゃ早く老けます。


5:あのルーツはここに

 その後も三田さんは苦労続き。
 おかあはんは若い頃からのご乱行が祟ったのか、脳卒中で寝たきりに。体は動かず口だけは達者という最悪のパターンになりました。朝な夕なに
「あんたは〜ひどい子ォや〜」
「この恩知らずめが〜」
 歯の根があってないような声でうめき続けます。ちなみにこの三益愛子さん、「川口浩探検隊長」のご母堂です。浩隊長、世界中のどこに行ってもお母さんほどのワンダーとは出会えなかったんじゃないでしょうか……。
 さらには高校時代からつきあっていた「堅気の男=梅宮辰男」との恋も破局に。なんと梅宮さん、「医学部学生」を演じています。結構流暢に英語を喋っていたりして驚かされますが、この人を観るたび古い醜聞(しゅうぶん)の「カルーセル麻紀、性転換後の『ヴァージン』を捧げた相手は梅宮!」というのが思い出されてなりません。だからどうしたって話ですが。
 この男、医学部長の娘の縁談が出るや社会出世を考え、三田を捨てるという割り切りぶり。しかも最後まで善人の仮面を捨てません。三田さんがこれでドンドン狂っていきます。
 いらいらしているところにまた「おかあはん」の嫌味。三田さんはブチ切れます。
「誰がこんな女にしたと思てんねん、あんたや、あんたのせいやないか!!!」
 なんと三田さん、怒りのあまり相手が体の不自由な老婆であることを忘れて蹴りかかります。このシーンでまた私は「ひゃああぁああぁっぁ!」と叫びました。あれは絶対本当に蹴っています。リアリズム溝口健二で鍛えられた三益さんのこと、「本当にやんなさいよ」と言ったのは確実。三田さんのキックはマジで3回ほど三益さんの脊髄あたりに入っていたはず。「顔はやめなよボディボディ」の精神は、三益→三田→三原と受け継がれてきたのですね。これがホントの御「三」家。私は思わず目頭が熱くなりなした。

6:緑魔子さんまで登場

 とまあ、あらすじはこの辺で。
 ご興味のある方はどうぞご覧になってみてください。私は渋谷のツタヤで借りました。この映画、ほかにもあの「緑魔子」が野心的な女中さんとして登場します。ほかの芸妓が男と「しっぽり」しているところをのぞいてたら「何見てんのよ!」とシバキ倒され、茶屋の旦那・進藤英太郎&女将・荒木道子に超キッツイ嫌味を言われ涙するシーンを見事に演じております。

<参考資料・緑魔子さん>

 この女たいしたズベ公で、
「ぜったい結婚なんて嫌よ。タダで働かされてタダで寝なきゃいけないなんてバカバカしい」
 とのたまい、最後には気が狂って死にます。すごい人生。
そして先の女将の荒木道子さん、この人も上手で意地の悪い役をやらせたら抜群の方でした。最後に蛇足。三田さんの義理の妹役がいるんですね。佐々木愛という女優さんですが、私には「(島倉千代子アグネス・チャン樫山文枝)÷3」に思えてなりませんでした。
 隠れた【対決!】佳作、『廓育ち』ご紹介の一幕。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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