安らかに。

本田美奈子さんが亡くなった。
たいしてファンというわけでもなかったのに、
実際のステージを見たことがあるわけでもないのに、
どうして動揺してしまうのだろう。
あまりに早過ぎるからと言ってしまえばそれまでだが、この痛々しい気持ちはなんなんだ。


 アイドル時代の彼女を、 はっきりいって小学生の私は嫌いだった。
85年デビューというから私は10歳、小学4年生だ。
3枚のシングルを経て「1986年のマリリン」でスマッシュ・ヒット、歌番組で熱唱する
彼女を見て思ったことは形容しがたい「違和感」だった。素直に「はっちゃけてるね」とノレなかった。
ことさらに「女性性」をアピールする露出過多な衣装、安っぽいヘアスタイル、
腰を振るダンス……今ならなんのことはないそれらの数々は、まだテレビ上では
「過激」なレベルだったんじゃないだろうか。
誤解を恐れず言うと、「淫ら」な感じを受けたのだ。 マリリンヒットの勢いに乗らんとばかり次に出された「Sosotte」という曲も 「そそってそそわれて、誘って誘われて、キッスはあなたどっちにする?」という
歌詞がストレートに示すとおり、扇情的でわかりやすい、ベタな「セクスィ」路線だった。
はっきりいって、私には安っぽく思えたのだ。


 なぜか本田美奈子を見ると私はイライラしてテレビをかえてしまうのだった。
それが小さい頃はなぜ分からず、またイライラしたものだが今ならはっきりわかる。
私はこの歌手の「ひたむきさ」が嫌いだったのだ。
事務所が戦略をかえて純粋アイドル路線から分かりやすい色気路線にしそれに一生懸命従い、期待に応えよう、
このチャンスを大事に頑張ろうというスポ根的純粋さを感じ取っていたのだと思う。
世のオヤジが喜ぶひねりのない女性性、それが「淫ら」と思ったのだと思う。
決して彼女から発せられたものじゃないのに。
それを理解するには私は子供過ぎた。追悼VTRに映る彼女の昔の姿は痛々しいほどに一生懸命で、幼い。
心のイメージでは、とても大人びた女性だったのに。


 それまでのアイドルは、 よくも悪くも「お仕着せ」な感じがしたものだ。
本人の意思に関わらずアイドルに押し上げられてしまう、それがアイドルの「idle」たるゆえんだったと思う。
人形ってことね。自分であくせくしなくとも周囲が動いてしまうほどに可愛かったり、
「時分の花」が輝いていたりしてなるべくしてアイドルになってしまう。
違う自分が創り上げられる。そしてさして自己主張することもなく、
大衆が求めるそれぞれの「アイドルイメージ」を享受させ、
食い尽くされてやがて消えていく。「アイドル」がものいわぬ人形だった、
そんな受動的な生き物だった時代が確かにあった。
(話はそれるが、その王道パターンからどうしても逸脱してしまう存在が松田聖子であり、
中森明菜だった。とてつもないアイドル性を持ちながらどうしてもそこからはみ出してしまう二人。
そのはみ出し部分を人々は「ぶりっ子」「ツッパリ」と言ってバッシングしたが、
それに負けなかったことで 二人はスターになったのだ)


 そんな中で本田美奈子は自分を主張していた。「1986年のマリリン」でも彼女はあまりにもひねりのない、
決して大事にされてるとはいい難いような「セクスィ」をおしつけられても
「やり過ぎよ」ってぐらい全身で応えていた。「私はこんなに表現できる」「こんなに歌えます」という
強い意志で「アイドル」をやろうと頑張っていた。 (だからこそ「1986年のマリリン」は
今でも私達の心に強烈なインパクトを残しているのだろうが)
 そのセルフイメージを創り上げる彼女の一途な「熱中」ぶりの中には、
自分を笑ったり、照れちゃったりするような余裕や子供性は皆無だった。
ずっとガチンコ。今なら「けっこうプロじゃんね」ぐらい冷静に見られて楽しめるかもしれないが、
当時の私にはその姿がたまらなかった。 痛々しく、無理してるなあと思った。アイドルらしからぬ
強い自己主張に私は違和感を感じ、そのひたむきな一生懸命さに「重さ」を感じたのだ。


 ずーっとまっすぐな人だったと思う。 ミュージカル俳優としてもクラシックの曲を歌っても
「お手本」みたいな歌を歌っていたと思う。少なくとも私にはそう聴こえた。真面目な人なんだろうと思う。
そういう真面目で一生懸命な人がわたしはとても苦手なのだ。
本田美奈子は物凄く「努力してます!」という感じのする人だった。
それが嫌いだったんだ。そういうことを表に見せないのがカッコいいことだと思うし、
感じ取られるのはかっこ悪く 野暮なことだと、今でも思っている。
 だけど、こんなに自分の歌手としての夢を ひたむきに生きてきた人の命をあっさり奪うほど
世の中って無情なものなんだろうか。こんな時代に、愚直なまでに歌うことに
真面目に生きている人が一人ぐらいいても良かったと思う。
やっと、本田美奈子でなきゃダメだというポジションが生まれてきてたのに。
努力すれば道は開けるという体現者がとても必要な時代だというのに。
 私のこの悲しさは、どこから来るものなのだろう。