池田満寿夫 『美の値段』

『バラはバラ』池田さんの代表作の1つ



 今年の夏はじめて蝉の声に気づいたのが、今日だった。
 だからどうしたということもないのだけれど、夏に追い立てられているような気がしてしまう。 もう夏本番だよ、早くしないと今年の夏も終ってしまうよ、そういわれているようで、なんだか焦る。自転車を気持ち早くこいで、家に帰った。


○雨模様とジイ様のお小水


 と、こんな書き出しもたまにはいいでしょうかね。いきなり口調は変わりますが……断言します。
 気象庁が梅雨明け宣言しなかったら、絶対に連日、晴れだったはず。宣言したとばかりに一週間近く、雨。ああ、スカッとしませんねえ! 天邪鬼が天気を決めているかのように、人間の宣託とは逆の天候が続く。空全体に「あかんべえ」されているかのよう。毎日毎日、山の上にいるように雲が近い。雨がジイ様のお小水のごとくピョロッと散ってはポタポタと止むんだか止まないんだか(って汚い例えですみません。私は歌舞伎とか日本舞踊関係のイベントとかに行くことが多いので、トイレで並んで待ちつつそーいうジイ様の「止まるんだか止まらないんだからチョロチョロ音」を聞いてしまうことが多いのだ。まあこれが終らないんだ終るようでジイ様)。
 あぁもぅ……イライラするったらありゃしない! 鬱憤を晴らすかのように、本ばかり読んでいる。今日は自分のための、もろもろ印象に残ったあれこれメモです。


■『美の値段』


 最近、なぜか突然「伊丹十三」「池田満寿夫」両氏の本にハマっている。今日読んだのは池田さんの『美の値段』という本。池田さんが急逝される7年前、1990年の本というから17年前の本。結構な月日が経っているけれど、普遍的な真実が多く書かれてあるので、読み応えじゅうぶんでした。
 本著のタイトルからも分かるように、池田さんは「絵の値段」ということを、画商、画壇、流通、市場という作品を取り巻くあらゆるシーンの90年時点での在り様を説明し、そして作家自身との絡み合いを解き明かそうとしている。
 読みながら気になったところにフセンを貼るクセがあるんですが、もうバンバン貼っちゃって大変。貼るたびに「ああ、そうか、そういうことかー!」とえっらい腑に落ちるんだこれが。すべてシンプルにして明快。
 ちょっとメモとして抜粋。


○なぜ日本では抽象画が人気が出ないのか?


普通の人が思っている絵というのは依然として、対象を再現した絵であって、あるいは少なくとも、その絵から連想されるものに合点がいかなくてはならない」
「多くの人は絵を見て『これは何だろう……』と理解しようとする。自分の知っているものか、情景を想像して理解しようとするのだ。しかし、洋服やネクタイの柄を選ぶのに、いちいち『この線は木だな、地平線だな』などと意味を考えたりはしない。『そのネクタイをどうして買ったのですか?』と人に聞かれてうまく説明できる人間がいるだろうか。せいぜい『色が気に入ったから』とか、『模様が面白いから』としか言いようがない。洋服やネクタイの柄については、ごく自然に自分にとって気持ちの良いものを選んでいるのだ」


 言われてみればご尤もですが、こんなに明快にサラッと説明できるというのは並大抵ではない。本著発行から19年が経った今、日本の抽象画マーケットはどう変わっただろうか。


■「宮内庁が買ったり依頼したりするのも日本画であり日本画家で、新宮殿の壁画は東山魁夷に依頼するとか、国賓を迎える応接室には平山郁夫とかの日本画が飾られることになるのだ。一種のナショナリズムだが、極端に言えば日本画家は御用画家で、昔の狩野派のようなものだ。日本画はそういう構造の中で保護されているので、洋画家は太刀打ちできない」
 御用画家、という挑発的な言葉を持ってきてすぐ、狩野派ってくるところが……ソフィスティケーションですね、お上手ですね。これこそ高等遊民的なイヤミって感じ。



■「日本では多作家よりも寡作家のほうが尊敬され、価格も高い。アンディ・ウォーホールは天才とは何かという質問に『多作』とだけ答えた。同感である」
 まあ畑違いですが小津安二郎みたいな天才もいるのだけれど、妙に納得してしまった一文。


■「買った値段より一万円でも高く売れるとみると、一週間後、下手をすると翌日にも絵を手放すことを厭わない。自由主義経済なのだから悪いことではないのだが、この種のコレクターは美術家にとって百害あって一利なしである。画家にとって絵は、確かに商品として手放した以上画家から独立したものであるだろうが、“池田満寿夫の版画”として通用していく以上、自分の人格も絵と共に売買されていくような気持ちになるものだ」

 最後のくだりが感慨深い。今のようなネット売買の出来る時代を、池田さんだったらどう受け止めて感じられただろう。
 会ってお話をしてみたかったなあ。
 

毎日更新!こちらもよろしく→「白央篤司の独酌日記

○お知らせ
ブログランキングに登録。 どうか1日1クリック↓を。
http://blog.with2.net/link.php?198815


○ご意見などはこちらまで→hakuoatsushi@gmail.com