松本清張傑作選より『二階』


松本清張傑作選 第一弾DVD-BOX

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 因循……。
 この言葉だけが持つ、濃密な情念の世界。それがこのドラマ『二階』(1977)です。考えてもみてください。ご自分のおうちの二階がそんな厭わしい情念の世界だったら。絶対イヤです。でもそんな非日常をかいま見せてくれるのが、ドラマや映画のいいところ。ええ、久しぶりに濃厚な女の世界を発見……ここにメモしておきたいと思います

 現在発売中の『松本清張傑作選DVD-BOX1』、この中におさめられている作品なんですね(レンタルもされれているよう。私は三軒茶屋のツタヤで見かけましたよ)。
 明記されてないけれど、これ多分元はなつかしの『東芝日曜劇場』のよう。主演が十朱幸代。その夫に山口崇。この男、肺を病み、長(なが)の療養から退院したばかり。仕事を持つ十朱は、夫のためにと、住み込みの看護婦を頼むことにします。よしときゃいいのに。
 その女が、渡辺美佐子。ああ……もうこれだけで好きな人にはたまらないキャスティングじゃないだろうか!?


『二階』というタイトルが示すとおり、もーシンプルなお話なんです。
 印刷工場を営む一階では、十朱が働いており、二階では、夫が寝ており、そして看護婦がいる。ねえ。
 渡辺美佐子演じる看護婦の目つきが、雰囲気が……どこがどうというのじゃないけれど、あやしい。気になる。普通じゃ、ない。妻の直感が、段々と確信に変わっていく。そのさまを、じーーーーーーーーーーーっくり見せていく。それだけなんです。しかしその表現と見せ方が、実に鮮やかで、秀逸で。

■もっと評価されてしかるべき女優

 まず渡辺美佐子が……にくったらしいぐらい、巧い!
「巧い」ってのはときとして味気なく、癇に障るものです(優等生に過ぎたり、ケチをつけるところは全然ないけど面白みがないとかねえ)。けれど彼女の「うまさ」は、技術的な部分と、大竹しのぶ的な「憑依型演技」が、実にいいバランスで共存しているですね。そこが見事。
 この女、最後まで素性が明かされないんですね。だけど、確実に十朱に対して、なぜか嫉妬めいた感情を秘めている。そういった邪念を匂わせる。自然、観る者は「まさか、亭主と以前何か……?」そう感じてしまう。でもそれは、このひとの不幸な越し方のなせるわざなのかもしれない。疑うに疑い切れない微妙なニュアンスを、実に巧みに表現しています。そのへんの「さじ加減」が……うまいねえ、やっぱり。余談ですが、これがもし「小川眞由美」ならばこうはいかない。完全にクロでしょう、あのひとがやったら(笑)。

■男からも女からも好かれる天性を持つひと

 そして十朱も良かった。まず、抜群に可愛らしい。顔も可愛いが、存在感が無邪気で愛くるしいったらない(顔の可愛い人は多いけれど、存在感が同様な人は希少)。
 それが、次第に疑いの炎を心に灯しはじめる。天使のような若奥さんが、次第に顔を曇らせてゆく。看護婦が夫の脈をとるところ、清拭をしているところを見てしまったときの表情が、実にいーんですね。
(もちろんそれらは順当に看護婦の仕事に他ならないんだけど……なーんかね、ジットリしてんですよ。手のかけ方、まなざしに、変な「いつくしみ感」があるというか。無機的じゃないというか。そーいう細かい芝居も、渡辺美佐子は実に上手)。
 なんかね、「ショック!」という顔だけでドラマティックなんですよ。それって「女優」の大事な条件の一つだと思う。渡辺美佐子は「演技者」、十朱が「女優」。こういう二者関係がうまく成立したドラマっていい作品になるもの。小津作品の杉村春子原節子とかね。
 閑話休題。十朱のショッキングな表情、好きな人に谷底に突き落とされたら、落ちていく間ってこんな表情になるのかな、そう思った。それから段々と、歌舞伎の『妹背山』でいう「疑着の相」に転じていく怖ろしさ。歌舞伎の例えを出したついでに書きますが、まさに「辛抱立役」みたいな役なんですこれ。

■演出・撮影の妙

 そして演出も実に丁寧。渡辺美佐子が階段を駆け下りるシーンなど、上からと下から、どちらも撮影するんですね。十朱の感情から見た美佐子の後姿と、夫の部屋から脱兎のごとく駆け下りる美佐子の顔と両方を見せる。なんで急に「美佐子」呼ばわりにしてるのか分からないけれど、これたった5秒もないようなシーンですよ!
 一事が万事、こんな具合に計算されたカメラワークで、女の情念がフィルムにすくい取られていく。
 本当は渋い、色あせた臙脂の羽織が、嫉妬の念に囚われた十朱の目には強い紅色に見えてしまったり(実際、赤い長襦袢になっている)、細かい工夫もよく凝らされた作品。
 と、絶賛してますが……文句がないわけじゃない。亭主役の描かれ方が浅い。最後の展開を隠すため、全然彼の心情を描けないのは分かるけれど……ラストが唐突に過ぎてね。肩透かしな印象。長年の病が夫の心までも侵し、躁鬱の極みにあるような不安定な人間であることを表現できたならば。最初にいっときますが、「疑う女」と「悔しい女」の情がみものの作品です。オチ期待しちゃダメよ。

 
 最後に蛇足ですが……これ、向田邦子に脚本を書いてほしかったなあ。さぞかし、と思う。

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