傑作『息もできない』


渋谷・シネマライズにて4月23日まで公開予定→インフォメーションはこちら


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 「苦手な映画」ってのは、それぞれあるもんでしょう。

 私の場合、「暴力・流血・ヤクザ・アクション・戦争・体育会系」こういうワードが入ってくるだけで、まずゲンナリしてしまう。「ああ…見たくない」そう思ってしまう。
 この映画は冒頭いきなり暴力です。チンピラが女をボッコボコ。そしてその男をまた別の男が強打。この男が主人公。借金取りを生業(なりわい)とし、相手を殴り、震え上がらせて取り立てる。
 私と同様、「暴力映画、苦手!」ってな人も多いだろう。けれどそういう人にも、この作品はお薦めしたい。その先入観的苦手意識だけで、忌避するにはあまりにもったいない作品だ。

 先の冒頭から、私は引きずり込まれてしまった。いい映画だけが持つ、「厚みのある空気」が、画面から濃厚に流れて私を放さない。主人公が画面に現れた瞬間、いい演技者だけが持ちうる「役としての人間の厚み」が濃厚に漂う。


 私が嫌いなのは、意味のない暴力シーンだ。
 さして人生の地獄も見たことも想像もしたこともないようなハンパな役者が、「なんだコラァ!?」とか青筋立ててがなり声をあげるだけのような映画。人を殴る、蹴る、殺す、という感情と行為が、どういうことかキチンと考えたこともないような監督と脚本家が描く暴力シーン。ただ「ここでパーッと華やかに、にぎやかに」みたいな感じで挿入される殴り合いや殺し合いを、私は正視できない。

 この映画は、「なぜ人は暴力をふるってしまうのか」そして「なぜ暴力はなくならないのか」、さらには「暴力が生み出すものは何か」ということを突き詰める。監督・主演・脚本・製作・編集のヤン・イクチュンが描く暴力シーンには、一片のムダもない。


 と、もう公開から随分経ってるのに、映画紹介ってのもマヌケですね(汗)。1日に発売中の『ゆうゆう』(主婦の友社)の映画欄で本作品を紹介しています。公開が今月23日までと聞いて、慌ててこちらでも紹介したくなったのだ。重い話だけれど、ぜひ多くの人に観てほしい。

 この『ゆうゆう』って雑誌、50代以上の女性をターゲットにしている雑誌なんですね。そりゃ読者層とこの表層的な雰囲気はそぐわないな、と思ったんですけどもね。この作品以外にメイン紹介は考えられなかった。今年、一番胸をわしづかみにされた作品です。


ゆうゆう 2010年 05月号 [雑誌]

ゆうゆう 2010年 05月号 [雑誌]

 主人公の少年時代の思い出は、父親の家庭内暴力しかない。それで、母も妹も失った。

 彼の成長の「養分」は、父への憎しみだけだった。

 この映画の中で彼は。ひとりの女子高生と偶然出会う。彼女との出会いにも、彼は暴力をふるう(ここ、ちょっと読むとかなりの嫌悪感でしょうが、映画的に流れで観ると非常にユニークな、一種ユーモラスなまでの効果を上げている)。
 でも、彼女も負けなかった。この子も人生の修羅を散々若い身空で体験してきているのだ。


 この彼女との出会い、そして親戚の子供との関わりによって、彼は変質せざるを得なくなっていく。

 「暴力」という言葉しか持ち得なかった彼が、暴力以外の「言葉」を獲得しようとする。けれど、喉に、心に、へばりついて離れない父親の凶行の記憶。そして母と妹を失った悲しみ、我が身への呪詛。声が出せない、息もできない。愛を声にしたいのに! そのもどかしさから、また殴る、蹴る――。

 
 本当に傑作だと思う。まだご覧になっていない方は、ぜひ!




○追記(4/17)

『息もできない』今後の上映情報:4/17〜新宿武蔵野館吉祥寺バウスシアター、4/24〜ライズエックス、5/8〜ワーナー・マイカル・シネマズ浦和美園、5/22〜川崎市アートセンター、5/29〜ワーナー・マイカル・シネマズ港北ニュータウンシネマテークたかさき

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