名女優がまたひとり
「池内淳子さん死去」というヘッドラインをツイッターで知ったときは、本当に声を上げてしまった。驚いた……。
肺せんがん、76歳。最近もテレビでお名前を耳にしていたように思っていたので、ひたすらに驚いた。好きな女優さんでした。病状が急速に悪くなられたよう。
彼女に関してのはじめての記憶は「ほんだし」のコマーシャルだったと思う。まだ10歳にならない頃かなあ。なんだかね、素敵なひとだなあ…と思ったんですよ(笑)。あはは、生意気だね。ふわっと漂うものを感じたのを強烈に覚えている。池内さん、優しそうだった。そのときも着物姿だった。最近、宮崎あおい(註:私の思い違いで先日まで上戸彩と書いていたが、読んでくださった方の指摘で訂正しました。失礼しました)と同じメーカーのCMに出演していて、ウン十年ぶりの出演がニュースになった。覚えているかたも多いんじゃないだろうか。
○『花のひと』
それから長じて。東芝日曜劇場で渡辺美佐子と共演した回を観て、強烈に印象に残った。
調べてみたら17年前の『花のひと』という回。私は高校生だった。とっくみあいのケンカをするシーンがあったのだけれど、まったく段取りという感じがせず、それでいてただぶつかり合うだけのキャットファイトではなく、きちんと芝居としてみせる、という難しいことを見事にこなしていた。
歴史的な女の名対決シーンがある川島雄三の『幕末太陽伝』、あの左幸子と南田洋子のシーンは、ガチンコでぶつかりあっているようにみえて、芝居的にどうみせるかの計算がキッチリなされている。それと同じ意味で池内さんたちの芝居は、よかった。実力者・渡辺美佐子と拮抗し一歩実も引かない芝居。かなりの腕を持っている人なんだなあ、と生意気なことを思った。
近藤ようこの漫画をテレビ化した『ルーメイツ』というのも、良かったな。あと小津安二郎の映画『秋日和』を舞台化したとき、確か主演だったと思う(映画版では原節子の役だった)。これは、観ておけばよかったなと悔やまれる。
○ふたりの証言
一度だけとあるパーティでお見かけした。濃い茶色の着物で実に渋かった。それでいて地味になりすぎず、華がある。さすが女優と唸った。着物は、それ自体のモノの良さだけではまったく輝かない。着方、帯とのあわせ方、そして立ち振舞い、すべて見事だった。
普段はまったく構わないひとだったという。石井ふく子氏によると、
「女優だというのにまったくかまわない人である。(中略)相変わらず化粧気のない顔に眼鏡、髪をゴムで束ねてスラックスにサンダル履きなどといういでたちで現れるから、お客さまにも気付かれないのはいいのだが、パーティや記者会見となるとこっちが慌ててしまう」(『花のこころ 花のかお』小学館 1985)
TBSの演出家でらした鴨下信一さんも同様の証言、これもちょっと長いが、書き留めておきたい。
「稽古場の女優さん、おしゃれ派と構わない派があるならば、この人は後者の代表で、根が美人だからそれでいいのだけれど、普段はお化粧はしない、髪はくるくるとまとめてあとはスカーフで、という人である。うっかり稽古場で写真を一枚などという取材がくると、周囲の方がどうしようかとうろうろし、当人はいいわよとけろりとしている。そういう人である」(『テレビで気になる女たち』講談社 1985)
ところが、である。
「ひとたび着物を着るとこれはもう別人である。グサグサといい着物を無造作に着ているのだが、あれだけ見事に着こなせる人は少ない。私の見るところ、杉村春子先生と双璧であろう」(石井ふく子氏、同著より)
私が拝見したときも、着物が「いい着物でござい!」という感じのしない、さりげなさがあった。そしてもちろん、いい着物に「着られている」感じは皆無。着物と帯の体へのなじみ具合というのは一朝一夕ではいかないものだ。
さて話は変わるようだが、俳優の木村功さんがガンで余命わずか、という状況のときのこと。結果的に木村さん最後の作品となった『娘からの花束』というドラマで、池内さんは木村さんと夫婦役だった。
そのときのことを、演出をつとめた鴨下信一さんが先の同著の中で書いている。木村さんがそういう状況だったことは、鴨下さんと池内さんにしか知らされていなかった。
「池内さんは木村さんの冗談によく笑い、何も普段と変らないように見えた。一つだけ普段と違った。髪も着ているものも、目立たないけれども、きれいに、本当にきれいにしていた。三日間ずっと。
こんな池内さんを見たことはなかった。美しかった。
仕事は、良い出来だった。よかったね、よかった、おつかれさまと木村さんが帰った。
そのあと、楽屋の戸を閉めて、池内さんは長いこと一人で泣いていた」
今は別の誰かが、池内さんを思って泣いているんだろう。
今年は何なんでしょうね。続く、というには続きすぎる。佐藤慶、小林桂樹、谷啓、園佳也子、南美江、北林谷栄、藤田まこと、つかこうへいに、井上ひさしも亡くなった。海外ではデニス・ホッパーも。そして監督で今敏、ロメール、シャブロル、そしてアーサー・ペンの訃報を聞いたばかりだというのに。
合掌。
追記:新文芸坐、11月1日より「追悼・小林桂樹」特集が組まれる。10日水曜日の『黒い画集 あるサラリーマンの証言』は名作。そして併映の『けものみち』は、池内淳子さんの追悼ともなってしまった。彼女が素晴らしい「映画女優」であったことも是非ご覧下さい。参照→こちら
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いうまでもなく松本清張の作品で何度もリメイクされているあれです。この映画での池内さんは本当に素晴らしい。悪い女も上手なひとだったんだなあ。