崎谷明弘ピアノリサイタル

 テレビで日本音楽コンクールのドキュメントが放映されていたのは、もう2年も前のこと。

 そのとき、ほんのちょっとしか聴けなかったのだけれど、このひとのベートーヴェンが耳に残った。いつかじっくり聴いてみたいと思っていた。ずっとフランスに留学されており、東京で聴ける機会は以来、はじめて。
 たのしみにうかがった。以下、曲目順に感想をメモしておきたい。


ドビュッシー『版画』(『塔』『グラナダの夕べ』『雨の庭』)。

 ドビュッシーの演奏に絶対必要なあの「音」って、なんなんでしょうね。ただ単なるペダル効果じゃないあの「音」。ダイヤモンドのような直線的なきらめきではなく、オパールやキャッツアイのようなひとつヴェールをまとった輝きのある「音」。音のつぶひとつひとつをシルクで包み込んだような「音」。それが確かにこのひとの演奏にもある。そこにまず引き込まれた。
 ああ、久しぶりに音楽会に来たなあ…!

 こういう連作を構成力をもって聴かせる、というのは大変なことなんでしょうね。
 ただそういうことを意識させず、私はドビュッシーらしい音の響きと重なりの楽しさに身をゆだねているうちに3曲が終わり、それぞれに異なる抽象絵を「耳で観て」満足した。そんな快いひと時だった。この曲はJ・ルヴィエの指導によるものだろうか(崎谷さんはパリ音楽院で氏に師事)。

 
○プラド『ピアノのための星図』第2巻より。
 初めて聴く作品。予習しようと思ったけど探せなかった。ブラジル生まれでメシアンに師事した作曲家という。なかなかに親しみやすい現代曲だった。技巧が冴えわたるが、休符にもっと「真空感」がほしい。なにかもっと聴き手の心臓をギュッと掴んでドキリとさせるような休符の逼迫感が。序破急をつなぐ結び目が弱くて何かが漏れてしまっている印象。

 
ベートーヴェンピアノソナタ第1番。
 この25歳のピアニストは既にして「ベートーヴェンとは何か」という答えをひとつ持っている。確かなベートーヴェン像が感じられる出来上がりで、聴きごたえあり。それが感性だけの出来ではなく、きちんと練り上げられている印象。惜しむらくは第1楽章のフィナーレ、音楽的安定と本番的パッションのバランスがもう一つ高いところにきてくれれば、と思った。もったいない。
 第2楽章が白眉。なんと爽涼で美しいベートーヴェンだったことか。ときにリリカルすぎると思う演奏も多いこの第2楽章だけれど、音楽それ自体の美しさに流されないコントロールのきいた素晴らしい音楽だった。このいい流れが第3楽章にスムーズに持ち越され一気に聴かせる。終符も鮮やかに決まった。
 このひとでモーツァルトソナタK.331を聴いてみたいと思う。

 
○リスト『ドン・ジョバンニの回想』、ガラッとロマン派の音色に変わる。
 古典、近代、現代、4つの音楽にそれぞれ「らしい」音色を弾き分ける。リストのあの砂金と星砂を音符にのせて吹き散らしたかのような高音部のきらめきを生音で聴く悦び。贅沢をいえば、もう少しカプリッチョな感じが加わってほしい。
 少し中だるみしやすい曲だと思うが、うまく運んでゆく。そしてフィナーレのボルテージの上がり方は見事だった! 久しぶりに興奮。
 これで2500円は、安い。


 表参道・カワイのサロンは定期的に若い演奏家が聴けるようなので、何か機会があればもっと足を運んでみたい。
 

○一日一句

 如月や ピアニストの汗 ステージに