谷崎の食風景・その2
- 作者: 渡辺たをり
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さて、2日前につけた谷崎の食風景メモの続き。
<夏>
「ぬか漬けのきゅうりやなすがおいしく感じられるとそろそろ夏」
という書き出しで始まり、
「夏は鮎からやってきます」
とある。
谷崎は鮎は塩焼きのほか、雑炊が好きだったという。うーん…頂いたことないなあ。ポピュラーなものなのだろうか。
その作り方に意表を突かれた。お粥を炊き上げ、生きた鮎をパッと放り込んで蒸らすものなんだそう。ダ、ダイナミック! 一体どんな仕上がりになるのだろう。
続いて、
「じゅん菜…生で食べられる時期は短くて、六月いっぱいぐらい」
酢の物にしたり、おみおつけに入れたり。一度、沼からの採れたてを食べてみたいものだ。秋田の方々はよく食べられると先日の取材でも聞いたが、おみおつけにも入れるんですね。
味噌汁は日本人の一番身近な「食の歳時記」だったんだと思う。と、過去形で書かざるをえないのが悲しいけれども。
そのほかに茗荷が挙がる。
漬物に酢の物、「おゆつの浮き身」、お味噌汁に。茗荷もすっかり季節感のないものになってしまった。また春から初夏にかけては「花くじら」を楽しんだとも。くじらの尾びれを薄切りにし、湯引きしたものだと思うんだが、これも今では稀なものだろう。
そしてやはり、鱧。これは京都のお祭りの時期、盛夏のものと。おとし、たれ焼き、塩焼き、ぼたん鱧、鱧寿司……谷崎は現代の鱧を食べたらなんというだろうか。
<秋>
まず挙げられたのが、松茸だ。
「高校生くらいのころまではそんなに大変なものでもありませんでした」
(渡辺さんは昭和28年のお生まれ)
大変、とは食材としてご馳走ではなかった、との意。
渡辺さんの母上が「くずの松茸」をキロ単位で買い求め、大鍋で佃煮を作るのが習慣だったという。今では想像も出来ない話というか。
そしてここからが面白く、谷崎翁は「ドソコンポリョ」なるものが好きだったそう。
「松茸ごはんのスペイン風」と紹介され、「洗ったお米を透き通るまでバターでいためて、これに鳥肉、松茸をそれぞれ下味をつけ、バターでいためたのに加え、さらに皮をむいた栗、干しぶどうを入れます。鳥のガラでとったスープをお米の分量に合わせて注いで味を整え、好みでお酒も少し入れて普通に」炊いて完成と。
カルドソはスペインのリゾットのような料理、コンポリョが「with chicken」の意なので、「鳥のダシで炊いた米」みたいな意味なんだろうな。この料理を谷崎家に伝えた人が誰かから聞いたとき、「カル」が飛んだんじゃないかと思う。
ちなみにこの料理を谷崎家に持ってきたのは『細雪』における薪岡貞之助にあたる人なんだとか。三女である雪子の夫、市川崑の映画だと石坂浩二がやっていた役ですね。兵ちゃんこれ作れそうだな。
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私が最も好きな邦画です。
<冬>
近江かぶら、九条ねぎ、壬生菜といった京野菜が谷崎家の食卓に冬を告げる。
そしてよく、料理屋から丸鍋の仕出しを取っては楽しまれたそう。これは真夏か真冬のものだと渡辺さんはいう。暑い盛りと厳寒のころ、谷崎が汗をかきかき、すっぽんに舌鼓を打った姿が目に浮かんでくる。今でも有名な「大市」をはじめ、様々な料理屋から取り寄せたとある。
こういう食環境で育った渡辺さんの言葉を、もっともっと聴いてみたい。
最後は、お正月。
谷崎家の雑煮の記述が興味深い。
「京風の白みそ仕立て、大阪風の鳥とほうれん草のおすまし、合鴨と粟もちの谷崎風の三種類で、これを三つとも食べないとお正月が来た気がしません」
京都の一般的な雑煮と同じく、正月大根、京人参、八つ頭に丸小餅を焼かずに煮たものが具となった。谷崎風は他にほうれん草、椎茸などが入っていたよう。大阪風は実にシンプル。
どんな椀で、箸で、谷崎は食したのだろうなあ。艶冶なる漆器がおのずと想像される。
どこかの雑誌でこの三つの雑煮、再現出来ないものだろうか。