初春大歌舞伎 19日夜の部『春の寿』
2年ぶりの舞台復帰。しかし体調が整わず、初日から休演(このへんのことは、2日の日記を参照してください→こちら)。
やはり無理かと諦めていたところ、19日になって「本日出演」の知らせ! こうしちゃいられないとマッハで駆けつけ、一幕見席に並ぶ。2人目だった。
「目の当たりに出来たら、それだけでいい。舞台に立ってくれさえすれば」
本当に、そう思っていた。涙出るだろうな、とすら思っていた私は、「その姿」を見て、正直、戸惑った。瞬間、どうリアクションしていいのか……分からなかった。
■長唄舞踊『春の寿』
大正生まれ、今年で90歳になる歌舞伎俳優、中村雀右衛門。
私はこの女形に魅入られて、歌舞伎が好きになった。ハマッてしまった。大学時代はそれこそ「追っかけ」で、授業の合間に歌舞伎座に通った。月に2度3度通ったこともあった。
だから、正直に今回の舞台の感想を書くのが、つらい。
「そこまでして出なくても良かったのでは……!?」
という気持ちと、
「いや、出てくれさえすればいいと思っていたのは『私たち』なんだ」
という気持ちが拮抗する。ああ……グダグダ書いていてもはじまらない!
今回京屋(雀右衛門の屋号。ちなみに愛称はジャック、ジャッキー。本当です)が出演したのは長唄『春の寿』という舞踊。
もともとある長唄のいいところを集めて作った新作、というか編曲(ショー用に既存のいい曲を並べてつくった「新春ヒットメドレー」みたいな感じ)。
2日の初日を観ているから、もう構成は分かっている。前半は中村福助と中村梅玉の連舞(つれまい)、後半に中村雀右衛門が中心に座り、多くの従者を従えてセリ上がる、という展開。
前半が終って、いよいよ……! と思ったら、振り付けが変わった。セリ上がらず、両ソデ(舞台脇)から従者たちだけがあらわれ群舞となる。そしていよいよ終盤というところで後ろの絵面が割れて、京屋の登場。
■何が起こっているのか、一瞬わからなかった
思い出すのが、つらい。
私は一瞬、何事か理解できなかった。雀右衛門があらわれる、と思っていたのに、そこに雀右衛門がいない。いや、あの顔かたち、そして風情は……ああ、ジャックなのか、ジャックなんだな。ジャックなんだろうが……認めることを拒否したい気持ちに専有されてしまったんだ。
雀右衛門の首が、「すわって」いない。こちらから見て右側に小首を傾げたような状態で座っている。
もともと足の悪い雀右衛門のために座りっぱなしの振り付けなのだけれど、「踊り」として座っているのと、ただ「座っている」ことは全然違う。ダンスの中の「構え」として座っているのではなく、腰掛けているというか……率直にいって、車椅子だったんだろう。両脇ではお弟子さん(中村京蔵、京紫だと思う)が片時も手放さず、支えていた。
そういう姿勢のひとが、舞台中央に位置している。それも、おしろいを塗って、カツラをつけて、華やかな衣装をつけて!
下半身まで衣装をつけることは出来なかったようで、大きな布で覆って隠されていた。お扇子を握るのもやっと、という風情が、歌舞伎座の一番てっぺん、一幕見席まで伝わってくる。
痛々しいのを超えて、異様という他なかった。車椅子特有の、「運ばれている」という感じが漂っていた。
ラスト、京屋の合図で「決まって」フィナーレとなるのだが、それも出来なかった。つまり、座って出てきて、最後まで微動だにしなかったのだ。
こんなこと書きたくないが……抜け殻のようだった。あそこまで老齢化されているとは、思っていなかった。表情に生気がほとんど感じられないのが、ショックだった。
この日私は、たまたま高名な評論家の方と隣り合わせになった。その方によると
「覚悟はしてたからね、そこまでじゃなかったけれど」
とのこと。京屋の様子をよくご存知だったのだろう。
「確かに動けないけれど、記録としてはこれで、2010年まで中村雀右衛門は舞台に立ったのだ、ということが残る。それが、大きなことなのかもしれませんね」
そう仰った。
最後の最後、定式幕が閉まってゆくときに「京屋!」と大向こうをかけた。声が少し割れてしまったけれど、万雷の拍手で、そんなことは僕しか聞こえていなかった。下手の横好き、好きこそもののとなんとやらで、大学の頃に掛けだした。あの頃は、京屋にしか掛けなかった。こんな気持ちで声をかける日が来るとは思わなかったし、声を掛けるのも、これが最後なんだろうな。そんなことを思っていた。
チョンチョンと柝の音(ね)が鳴って幕が完全に閉まると、先の評論家さんが、笑って話しかけてくる。
「雀右衛門さん、さっき一度、あくびしたと思うんだよね」
そういいながら、そのひとはオペラグラスをバッグにしまった。
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